俳優:大東駿介が、 劇団鹿殺しの新作舞台「キルミーアゲイン」に客演する。鹿殺しといえば、これまで数々の「問題作」を世に見せつけてきた孤高の劇団だ。そんな彼らが15周年を迎え、あえて劇団をテーマにした舞台を制作する。そこにはいったいどんな意味があるのか、また今回の公演に向け「自分を壊したい」と意欲を見せる大東と、いったいどんな化学反応を見せるのか……。エンタメプレックスは、これからまさに役に入ろうとする大東に、演者としてのこだわりや意気込みを聞いた。
――劇団『鹿殺し』と言えばぶっ飛んだイメージがあります。
「僕は『鹿殺し』がいい意味で“生きにくい”劇団だと思っているんです。つねに自分たちのやりたい理想を追求していくと世間とのズレが出てくるし、戦い続けていかなければいけないじゃないですか。『鹿殺し』は、そこを突き詰めることに特化しているのがスゴいですね」
――確かに、周りに同調せずに好きなことを追求するのは苦しいことです。
「ですからこの劇団と出会えて一緒にお芝居を作っていくことは、自分のなかに溜まり溜まったウミを出せるタイミングかなって感じています」
――演者として『鹿殺し』に関わることが決まってどう思いました?
「最初、恐怖を感じましたね。ストッパーを外してやりたいことをする人たちにビビっている部分もあったんですけど、そこに身を置いて見えてくる自分もきっとあるんだろうな、と。客演の形ですけど、期間中は『鹿殺し』の一員として、自分の何かをぶっ壊せたらいいなと思います」
――もう劇団の方とは話しました?
「座長の菜月チョビさんと話したんですが、ヤバいけど理解できるんです。すっと心に入ってくるというか。本気でぶつかることができる人だと思いました。余計なフィルターのない人。好きか嫌いかとか、伝えたいことがはっきりしていて。こっちも気持ちを出しやすいですし」
――なるほど。
「何か新しいものを生み出すときに、『傷つく』ってしょうがないし、そこからの発見って多いじゃないですか。『それって当たり前でしょ?』って思っている人なので、すごくやりやすいです」
――大東さんも「役者になりたい」との思いから反対もあるなか上京して、突き詰めてますよね。過去の役どころの幅からも、自分の好き嫌いより大事にしている部分があるのかな、と想像します。
「こだわりがない部分にこだわりを持ちたい、という気持ちがつねにありますね。『オレはこれをしたくない。オレのやり方はこれだ』みたいなところはなくて、いろいろな作品に関わることで、つねに何かを勉強してやろうと考えています」
――今作では何を学びますか。
「今回は、『鹿殺し』のヒリヒリとした煮えたぎる野心が刺激的ですね。事務所に顔を出しただけでも、熱量が違うんですよ。部外者が容易に入れないような。年を重ねると、周りと合わせて自分にとってちょうどいい湯加減を探してしまいがちなので、あえて温度の違う場所に行くのは勇気がいるけれど、得るものも大きいんじゃないかと」
――しかし、まだ脚本があがっていない(笑)。
「でも、もともとの予定だった内容とずいぶん変わったみたいなんです。『キルミーアゲイン』は劇団を舞台にした物語なのですが、最初は家族をテーマにした話だったらしいです。それをわざわざ劇団15周年目に、あえて劇団のものをやりますってことは、それなりの意味があるんだろうな、と」
――あえて劇団が劇団の話をするのは何かあると。
「おそらく今伝えたい煮えたぎったものがある。それに僕は作家を演じるのですが、絶賛執筆中の『鹿殺し』代表・丸尾(丸一郎)さん自身を投影していると思うんです。僕を通じて何を訴えたいのかすごく気になりますね」
――ちなみに、大東さんが普段役作りのために心がけていることはありますか?
「身体を整えていくことですかね。気持ちって実体がないものなので、確信が欲しいんですよ。だから作品に応じて身体を作り変えていくのが自分のなかで安心材料になっている気がしますね」
――面白いですね。
「以前、劇団☆新感線の橋本じゅんさんが『セリフの速度と心拍数はリンクしている』とおっしゃっていて。でもすごく理にかなってると思って。速く走っているとき、いつも聞く音楽のピッチが変化して耳に入ってきたりしませんか? 心拍数がその曲を超えたというか。言葉に力を持たせるため身体を作ることは大事ではないかと感じます」
――演目「キルミーアゲイン」は、そんな大東さんが胸の内で押さえてきたものを吐き出すきっかけになるかもしれませんね。
「この作品が自分のなかでいい出会いになるんだろうな、という予感がします。ぜび“ぶっ壊れた”大東駿介を劇場でみてください!」
劇団鹿殺し 活動15周年記念公演「キルミーアゲイン」は、
2016年1月9日(土)~20日(日)東京・本多劇場、1月28日(木)~31日(日)大阪・ABCホールにて上演!
《衣装協力店》
ザ ホワイト ブリーフス/スウィディッシュライフスタイル
ロット ホロン/wjk base
ニル アドミラリ/ハーモニー プロダクツ
――劇団『鹿殺し』と言えばぶっ飛んだイメージがあります。
「僕は『鹿殺し』がいい意味で“生きにくい”劇団だと思っているんです。つねに自分たちのやりたい理想を追求していくと世間とのズレが出てくるし、戦い続けていかなければいけないじゃないですか。『鹿殺し』は、そこを突き詰めることに特化しているのがスゴいですね」
――確かに、周りに同調せずに好きなことを追求するのは苦しいことです。
「ですからこの劇団と出会えて一緒にお芝居を作っていくことは、自分のなかに溜まり溜まったウミを出せるタイミングかなって感じています」
――演者として『鹿殺し』に関わることが決まってどう思いました?
「最初、恐怖を感じましたね。ストッパーを外してやりたいことをする人たちにビビっている部分もあったんですけど、そこに身を置いて見えてくる自分もきっとあるんだろうな、と。客演の形ですけど、期間中は『鹿殺し』の一員として、自分の何かをぶっ壊せたらいいなと思います」
――もう劇団の方とは話しました?
「座長の菜月チョビさんと話したんですが、ヤバいけど理解できるんです。すっと心に入ってくるというか。本気でぶつかることができる人だと思いました。余計なフィルターのない人。好きか嫌いかとか、伝えたいことがはっきりしていて。こっちも気持ちを出しやすいですし」
――なるほど。
「何か新しいものを生み出すときに、『傷つく』ってしょうがないし、そこからの発見って多いじゃないですか。『それって当たり前でしょ?』って思っている人なので、すごくやりやすいです」
――大東さんも「役者になりたい」との思いから反対もあるなか上京して、突き詰めてますよね。過去の役どころの幅からも、自分の好き嫌いより大事にしている部分があるのかな、と想像します。
「こだわりがない部分にこだわりを持ちたい、という気持ちがつねにありますね。『オレはこれをしたくない。オレのやり方はこれだ』みたいなところはなくて、いろいろな作品に関わることで、つねに何かを勉強してやろうと考えています」
――今作では何を学びますか。
「今回は、『鹿殺し』のヒリヒリとした煮えたぎる野心が刺激的ですね。事務所に顔を出しただけでも、熱量が違うんですよ。部外者が容易に入れないような。年を重ねると、周りと合わせて自分にとってちょうどいい湯加減を探してしまいがちなので、あえて温度の違う場所に行くのは勇気がいるけれど、得るものも大きいんじゃないかと」
――しかし、まだ脚本があがっていない(笑)。
「でも、もともとの予定だった内容とずいぶん変わったみたいなんです。『キルミーアゲイン』は劇団を舞台にした物語なのですが、最初は家族をテーマにした話だったらしいです。それをわざわざ劇団15周年目に、あえて劇団のものをやりますってことは、それなりの意味があるんだろうな、と」
――あえて劇団が劇団の話をするのは何かあると。
「おそらく今伝えたい煮えたぎったものがある。それに僕は作家を演じるのですが、絶賛執筆中の『鹿殺し』代表・丸尾(丸一郎)さん自身を投影していると思うんです。僕を通じて何を訴えたいのかすごく気になりますね」
――ちなみに、大東さんが普段役作りのために心がけていることはありますか?
「身体を整えていくことですかね。気持ちって実体がないものなので、確信が欲しいんですよ。だから作品に応じて身体を作り変えていくのが自分のなかで安心材料になっている気がしますね」
――面白いですね。
「以前、劇団☆新感線の橋本じゅんさんが『セリフの速度と心拍数はリンクしている』とおっしゃっていて。でもすごく理にかなってると思って。速く走っているとき、いつも聞く音楽のピッチが変化して耳に入ってきたりしませんか? 心拍数がその曲を超えたというか。言葉に力を持たせるため身体を作ることは大事ではないかと感じます」
――演目「キルミーアゲイン」は、そんな大東さんが胸の内で押さえてきたものを吐き出すきっかけになるかもしれませんね。
「この作品が自分のなかでいい出会いになるんだろうな、という予感がします。ぜび“ぶっ壊れた”大東駿介を劇場でみてください!」
劇団鹿殺し 活動15周年記念公演「キルミーアゲイン」は、
2016年1月9日(土)~20日(日)東京・本多劇場、1月28日(木)~31日(日)大阪・ABCホールにて上演!
《衣装協力店》
ザ ホワイト ブリーフス/スウィディッシュライフスタイル
ロット ホロン/wjk base
ニル アドミラリ/ハーモニー プロダクツ