全然売れず沖縄に帰ろうかと
沖縄返還の翌年、1973年にデビューした5人兄妹(きょうだい)、フィンガー5(ファイブ)が踊って歌う「個人授業」「恋のダイヤル6700」「学園天国」は、立て続けにミリオンセラーとなり、世代を超えた国民的ヒットとなった。
「実はその前に3年の下積み時代があって、もう東京で売れないから沖縄に帰ろうと話していたんですよ」
三男の正男が振り返る。
父は壮絶な戦禍から立ち上がり、クリーニング店や厳しい衛生基準に適合した米兵向けのAサインバーを経営していた。
「内地より半年から1年早くアメリカの音楽が耳に入る。ベンチャーズからトム・ジョーンズ、エンゲルベルト・フンパーディンクにジェームス・ブラウンも。当時、ちびっことしては珍しいバンドを兄妹と組んで、ぼくは小学校5年でベースを弾いていました」
当時はオールブラザーズと名乗り、正男は初代ボーカルに。世界的にはオズモンズやジャクソン5の潮流もあり、米兵から喝采を浴びた。地元の評判を聞きつけレコード会社から声がかかった。両親と一家7人で東京に移住。返還前なので〝来日〟した形でデビューを果たすが、「3枚ほど出したレコードはまったく売れなかった」という。
阿久悠×都倉俊一…どれほど大先生か知らなかった
「耳が肥えている外国人の前で子供のころからチップをもらっていたんですが、当時の日本は歌謡曲の全盛期。向こうのサウンドをやってもダメだろうと寄せてつくった曲は、そりゃあ、くそつまんないですよね。売れないし、寂しくて、ちょうど沖縄が返還されるので、帰ろうと」
待ったをかけたのは、レコード会社で担当していたサブディレクター。会社を移籍して手掛けたキャロルが大当たり。次に5人兄妹を再生させようと改めてオーディションを受けさせた。審査席には作詞家の阿久悠と作曲家の都倉俊一がいた。
「どれだけ大先生かも知らずに、好きなことやって沖縄に帰ろうと、トム・ジョーンズやローリング・ストーンズをバーンとやったら、『オッケー。この子たち、やらせてください』と事務所の社長が手をあげて」
大ヒットメーカー、阿久×都倉コンビが手掛けた「個人授業」は、それまでの歌謡曲のジャンルを軽々と超えたポップス感覚に満ち、「あっ、やっとわかってくれる人がいた」と思った。レコーディングでは都倉から「自由にやってください」と言われ、持ち味を最大に引き出してくれたという。
「ぼくらの自慢は、兄妹であること。声質が似ているから、メーンボーカルとコーラスで完璧なハーモニーができる。スタジオやライブでは、晃(四男、フィンガー5のボーカル)の目を見るだけで声を合わせられる」
アイドルとして3年間の絶頂期で、「六本木にマンションを1棟建てられる金額」を稼いだ。
管理していた父は、「マンションを建てるか、お前たちが夢見ていたアメリカ本土で大人のフィンガー5つくるか」と二者択一を迫り、兄妹はアメリカ行きを選んだ。だが、本場で吸収してきた音楽と当時のファンが求めたフィンガー5にはギャップがあり人気は収束してゆく。
「いま、考えると、マンションの方がよかったな(笑)。でも、あぶく銭を子供に残すべきではないという父の考えは間違っていなかったと思います」
帰国後、家族会議を開いて徐々に仕事を縮小。78年に活動を休止した。
「だからわれわれは解散ではないんです。再結成? (末っ子の)妙子も62歳ですから体が動かないんじゃないですか。でも、歌はまだまだイケる。ぼくのライブに次男(光男)と妙子が時々、出てくれます。沖縄にいる91歳のおふくろが元気なうちに、もう一度、見せられるといいですね」
今は東京・町屋に音楽バー「いちゃりBar」を開業して17年
縁あって東京都荒川区町屋に音楽バー「いちゃりBar」を開いて17年になる。
「3年ぐらいやって沖縄に帰ろうかと思ったら、フィンガー5を知らない世代の人たちもYouTubeとかで見て、どんどん来てくれる。お客さんはもうファミリーですよね」
そうした縁が紡がれる中、フィンガー5全盛期、テレビで見て〝初恋〟の人だった岡崎友紀と12月に初共演のライブが実現することになった。
「フィンガー5の憧れの人ということで友紀さんと雑誌の企画でお会いして以来の〝共演〟です。2人のビックショーですか? いやいや、もう心がビックビクで…」
6つ年上の岡崎の手ほどきで、どんな「個人授業」が見られるか。
■MASAO、玉元正男(たまもと・まさお) 歌手。1959年2月2日、沖縄県具志川市(現うるま市)生まれ。65歳。父の店で3歳からツイストを踊り、米軍基地内で兄妹でバンド活動をスタート。1973年フィンガー5としてデビュー。78年にアイドル活動を終えてから、不動産業、内装業などを経験。現在は東京都荒川区町屋で音楽バー「いちゃりBar」のオーナーとして毎日、店に出ながらライブ活動を続けている。
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12月15日、東京・SHIBUYA PLEASURE PLEASUREで、「岡崎友紀&フィンガー5MASAO スペシャルコラボレーションライブ~なんたってクリスマス~」を開催。
(ペン・中本裕己/カメラ・三尾郁恵)