最もセクシーな女優のひとりといわれたアヌーク・エーメが6月18日にパリで死去した。92歳だった。70年にもなる彼女の息の長い女優生活に敬意を表して代表作を振り返る。
アヌークは1932年、舞台俳優をしていたユダヤ系の両親のもとにパリで生まれた。根っからのパリジェンヌだ。
幼いころはナチズムの猛威を避けて地方で暮らし、戦後の混乱を経てパリに戻る。47年、14歳でアンリ・カレフ監督の目にとまり、演技経験もないのに「密会」でデビューした。よほどの美貌だったのだろう。
その時、脚本を担当した詩人のジャック・プレヴェールがアヌークに「エーメ」という名前を提案した。これが芸名の由来だ。
何といっても彼女の名を知らしめたのは「モンパルナスの灯」(58年、ジャック・ベッケル監督)だ。イタリアの画家であり彫刻家のアメデオ・モディリアーニの伝記的要素の強い作品だ。
アヌークが演じた妻のジャンヌ・エビュテルヌは、モディリアーニのお気に入りのモデルから内縁の妻となり、自ら絵筆も持った。
フランス映画は詩的なセリフがちりばめられているからすてきだ。
「大人数の中にいるほうが好き。孤独になれるから」
「傘をさすのは嫌だ。空が隠れるから」
ふたりの会話を拾うと実際にそんな話をしていたのだろうと思えてくるから不思議だ。
主人公が亡くなって周囲は悲嘆に暮れる中、妻のジャンヌにはその死が知らされていない。しかも画商のモレルがハイエナのように無慈悲に作品を買いたたくシーンなど涙なしでは見られない。ジェラール・フィリップとアヌークの美男美女がこれでもかというくらい美しい色気。彼女の眼は人をとりこにする。
衣装も、セーラーの襟が大きい分だけ、その小さな顔が目立つ。3つボタンのひざ下丈のコートをベルトをしばって、Ⅴネックの黒いセーターもネックラインにチェーンを合わせるなど上品。さすがパリジェンヌの着こなしというべきか。
実は映画公開をめぐってはすったもんだの論争があった。もともとはマックス・オフュルス監督が、アンリ・ジャンソンと共同で脚本を進めていたがオフュルス監督が急死。それを継いだのがベッケル監督だった。
ところが大幅に書き換えられていた脚本にジャンソンが激怒。結局ジャンソンは最後まで譲らず、自分の名を字幕から削ってしまったという。 (望月苑巳)
■アヌーク・エーメ 1932年4月27日、パリで生まれる。映画デビューは47年の「密会」。2024年6月18日、92歳で死去した。名前は日本ではエメ、エメーとも呼ばれた。