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ドクター和のニッポン臨終図巻 著述家・松岡正剛さん 人生の4分の1をがんと共存 病得てさらに冴えわたっていた筆、再読して日本を見つめ直したい

zakzak by夕刊フジ 2024年9月2日 15時30分

暦の上ではもう秋ですね。町医者を卒業し、フーテンとなった僕は旅行の秋、そして読書の秋を楽しみたいです。定年してからというもの、積読していた本を切り崩すように読んでいます。頻繁に本屋に足を運ぶようにもなりました。好きなときに好きな所に出かけて好きな本を読む。これぞ若葉マーク高齢者の醍醐味(だいごみ)かもしれません。

先日は『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』(三宅香帆著、集英社新書)という不思議なタイトルの本を買い求めました。本書で著者は「本が読めない社会なんておかしい」と何度も嘆いておられました。確かにその通りです。一生懸命働くほど、知的な活動から離れていってしまうという資本主義の矛盾に溜息をついたとき、この人の訃報を知りました。

誰よりも本を読んでいる現代人だったかもしれません。文学、思想、科学とジャンルを超えた唯一無二の書評サイト「千夜千冊」を20年以上にわたり運営。編集工学というジャンルを創設した著述家の松岡正剛さんが8月12日、都内の病院で死去されました。享年80。死因は肺炎との発表です。

松岡さんは2004年、60歳のときに初期の胃がんが見つかり胃の3分の2を摘出。その12年後、16年には肺がんが見つかり手術。21年に再発しまた手術をされたそうです。今年の春、朝日新聞のインタビュー連載<語る 人生の贈りもの>では、こんなことを仰っていました。

「いまだに酸素ボンベを家と仕事場に置いて、1日に数回はボンベ酸素呼吸をしています。たばこを吸いすぎたせいもあって、もう肺はボロボロ。声もちょっと出にくくなっているんですが、まあ、いいかなというか(笑)。すでに終活の年齢に入っていますから」

がんと共存しつつ20年。つまり人生の4分の1を胃がん、肺がんという、難しいがんとともに生きてきた松岡さん。僕は松岡さんの著書を数冊、格闘するようにして読んできましたが、病を得てさらに筆は冴えわたっていたように思います。同インタビューでは、こんなことも仰っていました。

「日本は東洋に属して、しかも海を隔てた列島です。四書五経も仏教も外から入ってきたもので、稲・鉄・漢字・馬も順番に立ち上がってきたのではない。そういう国なので、編集的な多重性があるだろうと。だから日本をよく見ることによって、世界の文明や文化が見えるだろうという関心を持ちました」

松岡さんの文章を読むと、「中庸」という概念が学べます。編集的な多重性のある国に生まれ、領域横断的に読書をする――積読していた松岡さんの著書を再読し、己を、そしてこの国を見つめ直すときが今、僕に訪れたようです。

■長尾和宏(ながお・かずひろ) 医学博士。公益財団法人日本尊厳死協会副理事長としてリビング・ウイルの啓発を行う。映画『痛くない死に方』『けったいな町医者』をはじめ出版や配信などさまざまなメディアで長年の町医者経験を活かした医療情報を発信する傍ら、ときどき音楽ライブも。

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