新緑萌えいづる4月下旬、青森県八戸市と岩手県久慈市を結ぶJR八戸線の観光レストラン列車「TOHOKU EMOTION(東北エモーション)」に乗車する機会があった。
区間の大半を海沿いが占める路線である。車窓から望む晴れた太平洋の絶景―手の届きそうな距離にあるビーチや美しい防風林、東北の伝統工芸をイメージした車内装飾、丁寧にサーブされる目にもおいしい食事…2時間余りの乗車体験は、感激の連続だった。
中でも、特に胸を打たれた「景色」がある。
列車が青森から岩手へ入り、洋野町(ひろのちょう)の宿戸(しゅくのへ)大浜を通過するときだ。浜で色とりどりの大漁旗を振る一団が見えた。
さらに少し先の有家(うげ)海岸でもまた、同じような光景と出合った。
車内にいた私たちも窓の向こうへ大きく腕を振り返す。一瞬の邂逅(かいこう=めぐりあい)ながら、旗を掲げる人の口元に浮かぶ〝ありがとう〟の5文字が読み取れた。
車内アナウンスによると、これらは沿線住民が中心となった「洋野エモーション」と呼ばれる歓迎行事なのだという。
東日本大震災の津波で大きな被害を受けた八戸線の運転再開に合わせ、2013年に震災復興の一助としてデビューした同列車。洋野町の人たちは、全国からの支援と苦難の中で再開にこぎつけてくれた〝地域の足〟に対する感謝を示そうと、東北エモーションの運行日に合わせて毎回、こうして旗を振ってくれていると聞いた。
驚くのは、JR側が依頼したわけではなく、住民による自発的な取り組みである点。同列車はほぼ年間を通して土日祝日に運行されているのだが、どんな日でも最低一人は必ず見送りに立つという。
つまり有志の町民が毎週末、わざわざ時間を割いて、10年以上も活動を続けていることになる。
―なんと温かいもてなし、なんと強い感謝の気持ちであろうか―。
この「小旅行」で心に刻まれたのは、沿岸の美しい風景以上に、浜辺で手を振ってくれる人たちの姿であった。
思えば大震災以降、ローカル鉄道は輸送手段としての役割を超え、人々の優しさ、温かさを地域に運んでくれた。
朝ドラ『あまちゃん』で有名になった「三陸鉄道」がそうだ。また、14~23年まで観光面で地域振興を牽引(けんいん)してくれたJR釜石線の「SL銀河」がそうだ。
あまちゃんのヒロイン、アキやユイが今にも現れそうな三鉄のかわいらしい車両、『銀河鉄道の夜』から飛び出してきたような機関車を目当てに、多くの人が被災地へ足を運んでくれた。その活況は沿線地域を明るく照らし、復興へと突き進む大きな原動力となってくれた。
ローカル線を取り巻く環境は厳しい。だが、洋野エモーションのように、鉄道会社と沿線住民が手を携え地元路線を守っていくことは、〝復興のその先へ〟と地域を導いてくれるだろう。
すずき・えり 1979年、岩手県生まれ。立教大学卒。東京の出版社勤務ののち、2007年、大船渡市・陸前高田市・住田町を販売エリアとする地域紙「東海新報」社に入社。震災時、記者として、被害の甚大だった陸前高田市を担当。現在は同社社長。