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渡邉寧久の得するエンタメ見聞録 悪と毒と恨みを凝縮、栗山千明が〝怨念〟見事に演じる 完成から約200年、今も楽しませる物語のすごさ 映画「八犬伝」

zakzak by夕刊フジ 2024年10月15日 6時30分

江戸時代の人気作家、滝沢馬琴を役所広司が、友人の絵師、葛飾北斎を内野聖陽が演じる25日公開の映画「八犬伝」(曽利文彦監督)。

若い時分から老いた70、80代まで、表情やメーク、せりふの緩急や間の長短で微細に演じ切る2人のやり取りが、実のパートとして描かれる。江戸時代の創作者の暮らしぶりや仕事の様子が、せりふの端々から浮かび上がる。

馬琴の妻、百を演じる寺島しのぶと馬琴の絡みもいい。寺島のずけずけと踏み込む演技、受けて立つ役所。息子の宗伯(磯村優斗)との関係性も微妙で、親子の物語として迫る。寺島が夫に吐く「しつけ殺す」というせりふの怖さが、鋭く突き刺さる。

実のパートの一方、虚のパートとして描かれるのは、役所が北斎の語り始める構想中の物語「八犬伝」だ。一度口にしたことをひるがえした里見家当主への恨みを口にしつつ斬首された玉梓(栗山千明)。彼女の怨念が里見家を襲う。里見家の姫が残した8つの玉が、運命の剣士を集めることになるのだが…。

怨念と、その退治のためのアクションと、秒単位の見せ場を作り出すデジタル領域のアートワークは見事で、特に屋根の上での決闘シーンの躍動はスリリングでダイナミックな名場面となっている。栗山の演じるおぞましさがまた格別で、悪と毒と恨みを凝縮させたすさまじい名演だ。

実の場面では、江戸時代のクリエーターの苦悩に触れることができる。馬琴が模索したのは「正義が必ず報われる物語」。令和の今も、正義が必ずしも報われないことはままあるが、いつの時代も正しいものが勝つわけではない。その不条理を、物語の中で解消しようと馬琴は試みる。

誰にでも平等に訪れる老いからは、馬琴にも北斎にも逃れられない。支えるのは宗伯の妻の路(黒木華)。目が見えなくなった馬琴に教わりながら、漢字を覚え、聞き書きを担当する。その献身のおかげで「南総里見八犬伝」(1842年完結)が完成した。

完成から約200年たった今も、「八犬伝」由来の物語が人々を楽しませているという物語のすごさ。江戸時代の物語が最新の映画技術と結合し、令和のエンタメ作品に仕上がった。 (演芸評論家・エンタメライター)

■渡邉寧久(わたなべ・ねいきゅう) 新聞記者、民放ウェブサイト芸能デスクを経て演芸評論家・エンタメライターに。文化庁芸術選奨、浅草芸能大賞などの選考委員を歴任。東京都台東区主催「江戸まちたいとう芸楽祭」(ビートたけし名誉顧問)の委員長を務める。

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