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ニュース裏表 有元隆志 「選挙に出たい」小林鷹之氏が国会議員を目指した理由 「ルーピー(愚か者)」だった鳩山政権時代、崩れていく日米関係に危機感

zakzak by夕刊フジ 2024年8月23日 11時0分

小林鷹之前経済安保相は19日、自民党総裁選への出馬会見で、国会議員を目指した動機として、民主党の鳩山由紀夫政権時代に米ワシントンに駐在し、「国際社会の中で日本の存在感が低下していくことに抑えられない危機感を感じた」と説明した。同時期にワシントン特派員だったので、小林氏の気持ちはよく分かる。

小林氏は「2009年、『最低でも県外、トラスト・ミー』。米軍普天間基地(沖縄県宜野湾市)をめぐるトップリーダーのたった一言で、日米関係が崩れていくのを肌で感じた」と語った。

鳩山政権が発足した当初、米政府は「普天間問題などをめぐって、自民党とは異なる主張をすることは、戦術上やむを得ない」と比較的寛大だった。鳩山氏は米名門スタンフォード大学大学院に留学した経験もあるので、「実際に政権を担当したら、現実的な対応をとるだろう」と楽観的な見方をしていた。

ところが、鳩山氏は米紙ワシントン・ポストが言うように「ルーピー(愚か者)」だったのである。

09年暮れ、05年の普天間移設合意に関する米側の交渉担当者だったリチャード・ローレス元国防副次官にインタビューした。

ローレス氏は「日本が何の脅威もない安全保障環境にあったとしたら、鳩山政権の対応は理解できる。しかし、実際には厳しさを増している。鳩山政権は日本国民に『アジアで新しい政治的な関係を構築しようとしている。中国や北朝鮮を脅威とはみなさない』と言うべきだ。鳩山政権がしていることは、日米同盟が脆弱(ぜいじゃく)であるとの、われわれの判断を強めるものだった」と鳩山氏を批判した。

この頃、小林氏はすでに行動を起こしていた。野党に転落していた自民党の谷垣禎一総裁に「選挙に出たい」との手紙を書いたのだった。

谷垣氏は回顧録『一片冰心』(扶桑社)で、「選挙に負けて情けないことが多かったけど、あなたに来ていただいて、これならやれると思った。この出会いは本当にありがたかったし、そう思わせてくれたあなたは恩人です」と振り返っている。

行動を起こすのはタイミングが必要だ。今回の総裁選も、「まだ早い」と言われながらも小林氏は立候補に踏み切った。本来なら幹事長などの党幹部、外相などの主要閣僚を経験してから総裁選に挑戦した方がよかっただろう。決断した以上、あとは前に進むだけである。

記者会見での質疑応答をみても分かるように、小林氏が保守色を打ち出しているためか、朝日新聞をはじめリベラル系メディアは「政治とカネ」「旧統一教会」の問題を執拗(しつよう)に質問した。新しいリーダーの出現の可能性に彼らなりの危機感を抱いたからだろう。

司会者がどこまで意図して当てたか分からないが、彼らはかえって小林氏を引き立てる役回りを演じることとなった。

岸田文雄首相はLGBT理解増進法の成立で「左」に近寄り、自民党支持層の反発を招いた。その教訓から、小林氏には「右」に寄ることを勧めたい。 (産経新聞特別記者 有元隆志)

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