タイトルの奪取、防衛はもちろん容易ではないが、七番勝負では4回。五番勝負でも3回負けなければ負けではないから、今の藤井聡太七冠なら比較的タイトル戦を勝つのは難しくないはずだ。
ところがトーナメント棋戦においては、どこかで一度でも負ければ敗退だから、4棋戦(朝日杯・銀河戦・NHK杯・JT杯)あるトーナメントをすべて優勝するのは、至難の業。
これを一昨年、藤井はやってのけた。しかし1年限りで、昨年度は「将棋日本シリーズ JTプロ公式戦」しか優勝できていない。
とはいえ藤井は、他の3棋戦もすべて決勝まで行っているから、やはり他の棋士とは格の違いを見せている。
しかし今期はJT杯において、早々と敗れてしまった。
舞台は名古屋対局における、準決勝第2局の対広瀬章人九段戦。対局場所は愛知県常滑市の『Aichi Sky Expo』。常滑は藤井の故郷の瀬戸市と同じ、陶器の街である。
2人は2022年の竜王戦七番勝負でタイトル戦を戦っていて、4勝2敗で藤井が防衛している。
広瀬は竜王1期、王位1期と2度タイトルを獲得したが、タイトル3回で九段の規定に届かず、ようやく昨年九段になった。
このJT杯は、昔はA級の上位者も出られたが、今は前回優勝者とタイトル保持者以外は賞金ランキング順。従って昨年タイトル戦に2回出た、C級2組の佐々木大地七段も入っている。
将棋は相掛かり戦から後手の藤井が1筋の端を詰めて、調子よく見えたが、広瀬もバランスを保ち、互角の中盤戦が続く。
その後、藤井が飛車を犠牲に激しく攻め込んだことから、一気に終盤に。
広瀬が横からの攻めをうまく受け、持ち駒の金を使わせたあたりから、形勢は広瀬に傾いた。
しかし広瀬が最後で受けを間違えたことから、藤井にも一瞬チャンスが来たが、珍しく藤井が逃して、広瀬が必勝形に。最後はやや長い詰みをしっかり読み切って、広瀬が勝利した。
広瀬は少年時代、札幌の将棋道場で恐ろしく終盤の強い子供として有名だったと聞いたことがある。その終盤力で、藤井に競り勝ったと言って良いだろう。
さすがの藤井も、トーナメント戦をすべて勝つ大変さを味わったと思う。しかしこれを、特別な人にしか負けないと思わせるのが、これからの藤井の仕事である。
■青野照市(あおの・てるいち) 1953年1月31日、静岡県焼津市生まれ。68年に4級で故廣津久雄九段門下に入る。74年に四段に昇段し、プロ棋士となる。94年に九段。A級通算11期。これまでに勝率第一位賞や連勝賞、升田幸三賞を獲得。将棋の国際普及にも努め、2011年に外務大臣表彰を受けた。13年から17年2月まで、日本将棋連盟専務理事を務めた。