街の書店に行くと「定年後はこうするべきだ」「シニア世代は働くべきだ」といったテーマの書籍がたくさん並んでいます。「何かやらなくてはダメ」とせき立てられる感じになる人も多いでしょう。
年金世代やその予備軍が「自分の居場所」を探すというテーマでお届けしている本連載も、「やりがいのあることを見つけた人たち」の事例を多く紹介してきました。しかし、実際にいろいろな場所に出向いてシニア世代に話を聞くと、長い会社員生活を終え、これからはゆっくりしたい、とくにやりたいこともないと語る人は少なくありません。
本連載で何回か取材したビープレイス・ナビゲーターの飯田マサユキさん(67)も、「理想と現実」のギャップを感じているようです。
「書籍やネットなど、あらゆるメディアに居場所を無くしたシニア世代への救済アドバイス情報があふれていますよね。そのどれもが間違いではありませんが、〝正解〟にはもう少しかなと感じる人は多いのではないでしょうか」(飯田さん)
情報に振り回されて、「何かやらなくてはダメ」というプレッシャーに押しつぶされてはならないと飯田さんは警鐘を鳴らします。
「情報に溺れない姿勢が必要だと思います。かわいそうなシニア、迷えるシニア、というイメージで読み手を不安にさせたうえで、居場所を見つけられた人や成功事例が紹介されることが多いのですが、それはそれ。人は人です。メディアはいいように物語を作るところがあります。輝く同世代を見て奮起するきっかけにするならよいのですが、自分と比較して必要以上に一喜一憂することはありません」
「何かやらなくてはダメ」というプレッシャーこそが心身の負担になるというのです。
「『何もない日常』もそれなりの自分の居場所だと切り替えて、何もない日常を楽しむことが大事だと考えます」
飯田さん自身、定年退職後に経験を積み重ね、「無理に居場所を探す必要はない。自分がいるところが居場所」という考えにたどり着きました。その考え方を同世代に向けたブログ(https://note.com/evergreen_1957/)などで発信しています。
「『何もない日常』の中にこそ、いろいろな楽しみがあります。散歩や喫茶店のモーニング、公園、暮らしている街に親しむこと。図書館や記念館など公共施設を使い倒すこと、神社仏閣めぐりも楽しそうです。そもそも日本には歳時記のように季節にあった過ごし方や、晴耕雨読のような日常の楽しみ方がありますよね。それを見直せばいいのではないでしょうか」
飯田さんの話を聞きながら、昨年末公開され大きな話題を集めた映画「PERFECT DAYS(パーフェクト・デイズ)」の主人公の生き方を思い出しました。場末に居を構え、淡々と流れる日々の中、古本屋で百円の文庫本を買ってじっくり読み、植物を育てることを楽しみ、銭湯帰りの安酒場で一杯のお酒に心から満たされる…。多くのシニア世代がこの映画に引きつけられたのは、そんな「何もない日常」にも居場所があるのではないかと感じたからかもしれません。
■藤木俊明 副業評論家。自分のペースで働き、適正な報酬と社会とのつながりを得ることで心身の健康を目指す「複業」を推奨。著書に『複業のはじめ方』(同文舘出版)など。