石破茂首相の南米訪問は「最悪の結果」に終わった。椅子に座ったまま各国首脳と握手した「礼儀知らず」の振る舞いから始まり、中国の習近平総書記(国家主席)には、簡単に籠絡されてしまった。
まさに、「国辱外交」である。
思わず顔を覆いたくなる場面は、ペルーで開かれたアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議の冒頭だった。新参者の石破首相は本来なら、自ら各国首脳にあいさつして回るべきところだ。
ところが、1人でスマートフォンをいじったり、手元の資料をめくっていた石破首相は、近寄ってきたカナダのジャスティン・トルドー首相らに対して、偉そうに椅子に座ったまま握手した。SNSに「日本の恥」という言葉が飛び交ったのも当然だ。
歓迎式典では、スーツのボタンをせずに腕組みし、集合写真には交通渋滞で間に合わなかった。石破首相は何が外交的に「非礼」なのか、まるで理解していなかったのだろう。
肝心の首脳会談も、成果はゼロに等しい。
習氏との会談では、日本産水産物の輸入再開について、9月の日中合意を確認しただけにとどまり、具体的な進展はなかった。にもかかわらず、石破首相は会談後、「非常にかみ合った意見交換だった」などと評価した。
中国の戦略目標は、米国主導の「対中包囲網」を切り崩すために、日米関係を分断することだ。一言で言えば「日本取り込み」である。石破首相が「かみ合った」などと喜んでしまっては、敵の術中にはまったも同然ではないか。
会談冒頭、石破首相と握手を交わした習氏は余裕の微笑を浮かべていた。緊張して視線が泳いでいた石破首相とは、対照的だ。写真撮影では、習氏が差し出した右手を、へつらうように両手で握っている。習氏は石破発言を聞いて、「アイツを操るのは簡単だ」と確信したに違いない。
一方、日本の中谷元(げん)防衛相は17日、オーストラリア北部ダーウィンで、米国のロイド・オースティン国防長官、オーストラリアのリチャード・マールズ副首相兼国防相と会談した。3カ国による新たな「日米豪防衛協議体」を創設し、中国を念頭に防衛協力を一段と強化する狙いだ。
これによって、日本は米英豪3カ国の安全保障の枠組み「AUKUS(オーカス)」との連携も強める。
安全保障の最前線では、自由民主主義陣営の一員として協力強化が進んでいるのに、肝心の首相が米中の間でフラフラしている。残念ながら、それが日本の現状である。
南米からの帰途に計画していたドナルド・トランプ次期米大統領との首脳会談は、「大統領就任前は、どの首脳とも会わない」という先方の理由で実現しなかった。だが、米国は日中会談で石破首相が「中国に絡め取られつつある」様子を目撃している。
トランプ氏は、石破首相が自分の盟友だった安倍晋三元首相の「政敵」だったことも理解している。もともと信頼できないうえ、石破首相は「アジア版NATO(北大西洋条約機構)の創設」や「日米地位協定の改定」などを唱えた。米国からすれば噴飯ものだ。
永田町では、「石破政権は来年3月まで。予算案が成立すれば、『石破おろし』が始まる」という観測もある。
これでは、来年1月の大統領就任後に予定される日米首脳会談もどうなるか、分からない。米国とすれば、いつ政権が倒れるか分からない首相に会ったところで意味はないからだ。日米首脳会談は「時期を含めて不透明感が増した」と言わざるを得ない。
■長谷川幸洋(はせがわ・ゆきひろ) ジャーナリスト。1953年、千葉県生まれ。慶大経済卒、ジョンズホプキンス大学大学院(SAIS)修了。政治や経済、外交・安全保障の問題について、独自情報に基づく解説に定評がある。政府の規制改革会議委員などの公職も務めた。著書『日本国の正体 政治家・官僚・メディア―本当の権力者は誰か』(講談社)で山本七平賞受賞。ユーチューブで「長谷川幸洋と高橋洋一のNEWSチャンネル」配信中。