国民の手取りを増やす「年収103万円の壁」の引き上げで、石破茂首相率いる自民党の〝ドケチ戦略〟が波紋を呼んでいる。補正予算案に賛成してもらうため、国民民主党と「178万円を目指す」と合意したはずだが、補正予算が成立すると「123万円への引き上げ」に後退したのだ。自民党は、日本維新の会との連携もチラつかせる。国民民主党の「178万円案」は7兆~8兆円程度の税収減が見込まれるが、日本維新の会の「教育無償化政策」は6000億円程度とされる。来年度予算案を見据えて、両党を天秤にかけながら「より安上がりな連携」で政権維持を図るのか。「減税」に期待する国民の視線は厳しさを増すとみられ、来夏の参院選惨敗がささやかれ始めた。
「自民党の対応は火に油。納税者や国民の立場に立った判断をしてもらえないのか」「(来年度予算案は)見切り発車なら賛成できない」
国民民主党の玉木雄一郎代表(役職停止)の姿勢は、自民党の「壁の撤廃」の後退が如実になるなか、日に日に厳しくなっている。
怒りの原因は与党の〝変心〟だ。
自民、公明両党は20日午後、2025年度の与党税制改正大綱を決定する。所得税が生じる「年収103万円の壁」に関し、非課税枠を「123万円」まで引き上げる。
ただ、11日の自民党と公明党、国民民主党の幹事長協議では「178万円を目指し来年から引き上げる」と合意していただけに、国民民主党からすれば〝裏切り〟だ。玉木氏も「(123万円では)減税効果が極めて乏しい」と猛反発している。
世論の「減税潰し」との批判を浴びてか、自公国3党幹事長は20日午前、会談。「103万円の壁」引き上げをめぐる3党合意に基づく協議の継続を確認する見通し。
大綱でも、「178万円」の自公国幹事長合意や協議継続の立場を示す。大学生年代の子のアルバイトなどの年収制限を150万円に引き上げる新たな控除を創設することを盛り込む。
一方、自民党は並行して、日本維新の会に〝接近〟する動きもみせる。
19日には、教育分野に関する自公与党と日本維新の会の初会合が行われ、日本維新の会が看板政策に掲げる「教育無償化」などの議論を始めた。
自民党と国民民主党の連携にも緊張感が走る。
石破首相は18日、補正予算成立のあいさつ回りを行ったが、国民民主党との面会では、笑みのない無表情の記念撮影となった。
一連の動きについて玉木氏は、自身のX(旧ツイッター)で、「財務省の戦略は、国民民主、維新、立民で予算に対する影響が最も『安上がり』の政党と握るということだったようなので、最近の維新幹部の発言を聞いていると、維新と握る算段がついたということなのでしょうか」といぶかしんだ。
「安上がり」とは何か。
年収の壁をめぐる国民民主党の「178万円案」で、政府は国と地方をあわせ、7兆~8兆円程度の税収減を見込んでいる。一方、日本維新の会が推す「高校無償化」では、コストは6000億円程度ともされ、自民党内でも「維新との連携の方が安く上がる」との声が上がっているのだ。
実際、大蔵官僚出身で「緊縮財政派のラスボス」と呼ばれる自民党の宮沢洋一税制調査会長を筆頭に「178万円案」に根強い抵抗があり、自公国の交渉の膠着(こうちゃく)を招いた。
荻原博子氏「野党使い捨てにされるだけ」
こうしたなか、玉木氏の「握った」との発信に、日本維新の会の代表の吉村洋文大阪府知事がかみついた。
吉村氏は自身のXに、「我々は何も握っていません。103万円の壁突破には賛成の立場です。憶測は控えて頂いた方がよいかと。地獄の底まで、本気で腹括ってやる、一緒に178万円目指してやろう、というなら、協議しましょう。但し、パフォーマンスはなしです。僕らも実現したい公約がありますので」と反論している。
与野党の大乱戦をどう見るか。
政治評論家の有馬晴海氏は「自民党の伝統的な『揺さぶり戦法』だが、少数与党に転落した現状では悪手だ。『政策コスト』に心を奪われて、国民の負担軽減は二の次と受け止められれば、来年の参院選も大惨敗必死だ。日本維新の会、国民民主党も、自民党の天秤(てんびん)にかけられたとみなされればマイナスにしかならない。自民党はチキンレースを展開しつつも、結局は国民民主党に歩み寄るしか道はないだろう」と分析する。
日本維新の会の前原誠司共同代表は19日の定例記者会見で「『天秤』にかけられるつもりは全くない。国民民主党の年収の壁引き上げについて大賛成で、邪魔するつもりは毛頭ない」と強調した。
だが、有馬氏は「事実上、天秤にかけられている現実は否定できないし、世論もそう見ている」と切り捨てる。
野党各党からは、「与党は政策を政局の〝道具〟にしている」との批判とともに、「過去の政局でことごとく失敗した前原氏の〝存在〟が、共闘を邪魔する一要因だ」との声まであがっている。
経済ジャーナリストの荻原博子氏は、こう指弾する。
「野党はあまりにも政権から遠ざかっていたためか、バラバラすぎる。だらしない。『年収の壁』にしても一致して戦うべき局面なのに、来年の参院選を意識してか、手柄を狙った動きばかり目立つ。年収の壁の議論は『国民の生活』に直結するのに真剣さを感じない。自民党は、ガソリン減税で国民民主党を裏切り、旧文通費の問題では日本維新の会との約束を破っている。このままでは野党各党はいいように使い捨てされるだけだ」