大方の日本メディアの予測に反して、ドナルド・トランプ前大統領の圧勝に終わった今回の米大統領選。最大の特徴は「サプライズの多さ」だ。
まずは、現職のジョー・バイデン大統領の動き。高齢をおして再選を目指したものの、能力・気力の低下に抗しきれなかった。トランプ氏とのテレビ討論会では支離滅裂な発言に走り、トランプ氏から「何を言っているのか自分でも分からないのでは?」と揶揄(やゆ)されるほどの大失態を犯した。
次にトランプ氏。歯に衣(きぬ)着せぬ攻撃的言動は相変わらずだが、二度にわたり暗殺未遂にあった。米国社会の分断の根深さと、相互の陣営の憎悪に近い対立を体現した。
そして、カマラ・ハリス副大統領。バイデン氏の出馬辞退を受け、民主党支持者の期待を一身に担って躍り出たものの、彼らが期待していたほど伸びなかった。バイデン政権の副大統領としての実績の乏しさが響いた。自民党総裁選の某候補をほうふつとさせる中身のなさ。
米紙ロサンゼルス・タイムズや、同ワシントン・ポストなど、民主党候補が当然に支持を見込めたメディアの支持表明さえ得られず惨敗した。
第2の特徴は、政策論議の嘆かわしいほどの不在だ。
米国社会の分断は、トランプ氏に始まった話ではない。バラク・オバマ元大統領こそが分断を加速させていたことは、識者の指摘だ。
今回も分断は顕著だったが、共和党下院議員だったリズ・チェイニー氏がハリス支持に回る一方、ジャマイカ系とインド系の混血としてマイノリティーに強いはずのハリス氏が黒人男性の支持確保に苦労したように、「分断」の様相は単純ではなかった。
興味深い「ねじれ」は、現職側の実績を俎上(そじょう)に載せて、それに対する信任を問うべき選挙であるはずなのに、民主党陣営はトランプ氏の危険性を声高に訴え、あたかも「トランプ氏に対する信任・不信任」を問う選挙に化したことだ。予測不可能なトランプ氏と、未知数のハリス氏という戦いのなか、ハリス氏側が政策論争を逃げた面は否定できまい。
悲しいことに、米大統領が、ますます大統領らしくなくなってきたのが第3の特徴だ。
よぼよぼ歩きのバイデン氏が離脱した後、執拗(しつよう)に悪罵を浴びせかけるトランプ氏に、うつろな実態を大笑いでごまかすハリス氏。
こんな器ばかりでは、中国の習近平国家主席、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領、北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)総書記らの高笑いと軽侮が勢いづくだろう。
どうする、石破茂首相?
■山上信吾(やまがみ・しんご) 外交評論家。1961年、東京都生まれ。東大法学部卒業後、84年に外務省入省。北米二課長、条約課長、在英日本大使館公使。国際法局審議官、総合外交政策局審議官、国際情報統括官、経済局長、駐オーストラリア大使などを歴任し、2023年末に退官。現在はTMI総合法律事務所特別顧問などを務めつつ、外交評論活動を展開中。著書に『南半球便り』(文藝春秋企画出版)、『中国「戦狼外交」と闘う』(文春新書)、『日本外交の劣化 再生への道』(文藝春秋)。