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BOOK 出産、育児で中断も…消えなかった書きたい気持ち 桜井真城さん『雪渡の黒つぐみ』 キリスト教の「〝裏歴史〟を書いてみたかった」 

zakzak by夕刊フジ 2024年8月24日 10時0分

夢を忘れなかった―。出産、育児など8年のブランクに負けず、40代半ばに書いた作品で小説現代長編新人賞に輝いた桜井真城さん。〝キリスト伝説〟が息づく故郷の地を舞台に伴天連(ばてれん)と忍者の物語を描く。

――作家になりたい気持ちが消えなかった

「そうですね。私が小説を書き始めたのは2000年代の終わりごろだったかな。(中断を経て)ようやく子供の手が離れるようになると、だんだんと『書きたい』という気持ちが膨らんでいきました。やっぱり私は小説が好きなんですね。そして、この賞のことを知り、とにかく応募してみたという次第です」

――〝復帰第1作〟で受賞とはすごい

「出産、育児で中断せざるを得なかった時期も(小説の)構想だけは温めていて、プロットのようなものはあったんです。それに付け足したり、書き直したりして4、5年かけて半分くらいは書いたかな。ただし、残り半分は賞の締め切り期限を知ってから慌てて書いたので、約1カ月で仕上げ、ギリギリ間に合いました(苦笑)」

――江戸初期、幕府によってキリスト教が「禁教」にされた時代が背景になっている。モチーフになった出来事は

「一番惹かれたのは、邪教として幕府から弾圧された『大眼宗(たいがんしゅう)』ですね。横手城(現在の秋田県)で捕らわれの身となった大眼宗の大導師を信者が取り戻しに行く事件が実際にありました。大眼宗については資料がほとんど残っていないので、伴天連との関係など、よく分からない部分も多いのですが、そこから膨らませられるのではないかと」

――〝キリストの墓〟とされる史跡が残っている青森県の戸来(へらい)村も登場する

「実際に地元の方たちがどれだけ〝信じて〟いるのか、は分かりませんが、東北にはキリスト教関係の遺跡が結構、多い。弾圧された信者が偽装したお墓もそうですね。その〝裏歴史〟みたいな物語を書いてみたかった」

――そこに、南部、伊達藩の忍者と公儀隠密がせめぎあう

「(南部、伊達藩の)忍びが戦乱の時代に暗躍していたことは史料に残っています。江戸時代になって彼らがどうなったか? 興味を持ちましたね。(主人公の南部藩の忍び)望月景信は、忍びらしい冷酷さや残忍さがなく、優しくてどこか優柔不断な部分もある。現代の若者に近い人物として描きました」

――女の忍びも登場する。自己投影した部分もありますか

「まったく逆ですね。女性を描くときは、私にはない部分、できないことをやってくれる人物にしたいんですよ」

――会話の部分が「岩手弁」になっているのがユニーク

「私は、岩手県でも(本作の舞台より)南の地域の出身なのですが、地元だし、せっかくなら、会話の言葉も方言にして『土地の雰囲気』を出したいと思ったのです。分かりづらい、という指摘もあったので、少し修正したところもありますけど」

――時代小説を書く作家は多い。どこで差別化を図りますか

「私自身、時代・歴史小説に〝食わず嫌い〟でした。以前は現代もののミステリーをよく書いていたんですが、時代ものと現代ものの両方を書けるのは強みになるというアドバイスで時代小説を書き始めたのです。とっつきにくいという読者もいるでしょうから、あまり堅苦しいものにはしない、できるだけ現代人に近い感覚にしたい。時代小説はどうしても説明の部分が長くなり、それだけで飽きてしまう読者もいるので、テンポの良さも大事ですね」

――これからも時代小説で行きますか

「そうですね。現代もののミステリーもまた書いてみたい。時代ものを書いていると、現代ものが書きたくなり、その逆もしかりです」

――今はまだ会社員との〝二足のわらじ〟

「まだまだ修行の身ですから(苦笑)」

■『雪渡の黒つぐみ』講談社・1980円(税込み)

江戸時代…東北・南部藩につかえる忍者・望月景信は「どんな声色もできる」というスゴ技の遣い手だ。対立する伊達藩の忍者とせめぎ合う中で、女忍者の紫野(しの)が何者かに殺される。禁教となったキリスト教徒(伴天連)が籠る白根金山に乗り込んだ景信は、遊女として売られてきた〝ナゾの女〟鈴音に紫野の面影を重ねる。暗躍する宗教人の影。そこに隠された巨悪なる陰謀とは…。

■桜井真城(さくらい・まき) 1979年、岩手県出身。45歳。明治大学法学部卒。出産、育児のブランクを経て、会社員の仕事のかたわら書いた本作で第18回小説現代長編新人賞を受賞して、作家デビュー。

取材・南勇樹/撮影・酒巻俊介

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