これほど憤りを感じた記者会見を見たのは初めてだ。13日、米鉄鋼大手クリーブランド・クリフスのローレンソ・ゴンカルベス最高経営責任者(CEO)が、ペンシルベニア州で開いた記者会見で、同業のUSスチールの買収に意欲を見せた。そのうえでゴンカルベス氏はこう言い放った。
「中国は悪だ。邪悪で恐ろしい。しかし、日本のほうがひどい。日本は中国に対してダンピング(不当廉売)や過剰生産の手法を教えた」
同じくUSスチールの買収を計画している日本製鉄の批判を始めた。しだいにボルテージを上げて、声を張り上げた。
「日本よ、気をつけろ。あんたたちは自分が何者か理解していない。1945年から何も学んでいない。われわれがいかに優れていて、いかに慈悲深く、いかに寛大で寛容か学んでいない」
ゴンカルベス氏の発言は、日本の戦後の苦難の復興の歩みや強固な同盟関係などを完全に無視したうえ、公開の場で日本や日本人を貶める侮辱的な妄言に筆者は強い憤りを覚える。
これに対し、林芳正官房長官は14日の会見で、「個別企業の経営者の発言の逐一に、政府としてコメントは差し控えたい」というだけだった。国家や民族の尊厳にかかわる無礼千万な発言に対し、政府として厳正な抗議をすべきだ。
日本製鉄によるUSスチールの買収計画について、バイデン大統領が「国家安全保障上の脅威になる」として禁止命令を出した。これに対し、日本製鉄は「不当な政府介入があった」としてバイデン大統領らを提訴した。あわせてクリーブランド・クリフスとゴンカルベス氏も買収妨害行為で訴えた。
今回の事態を「日米関係にとって深刻な危機になり得る」と筆者は懸念する。同盟国の企業による買収が「脅威」になるという言説がまかり通れば、日米同盟の存在意義が揺らぎかねない。そして、米国に投資をしている日本企業にも動揺が広がるだろう。
禁止命令では当初、日本製鉄による買収計画を放棄する期限が2月2日だったが、6月18日まで延長された。20日発足するドナルド・トランプ新政権に持ち越された。
だが、事態は楽観できない状況だ。そもそも、日本企業が米大統領を提訴した先例はなく、「国家の安全」を口実にされると、突き崩すことは簡単ではない。
唯一の糸口は、両国首脳によるトップ会談しかない。石破茂首相は速やかにトランプ新大統領との会談を実現し、日本製鉄による買収の意義と日米同盟の重要性を説得することができるか。その手腕が問われている。
そして、米国に進出している日本企業も、同盟国の会社であっても特別扱いされることはないことを認識すべきだろう。ワシントンの政治動向や新たな政策などを緻密に分析し、議会関係者にアプローチをする「対米インテリジェンス」の強化が求められるのだ。 (キヤノングローバル戦略研究所主任研究員・峯村健司)