石破茂首相(自民党総裁)と、国民民主党の玉木雄一郎代表は11日に党首会談を開く予定だ。自民、公明与党と、国民民主党の政策協議で最大の焦点となるのが「年収103万円の壁」の撤廃だ。幅広い層に「減税の恩恵」があり、労働人口を増やす効果も期待できるが、冷や水を浴びせるように「7兆6000億円の税収減となる」といった〝財源論〟が指摘され始めた。財務省や財政緊縮派らが減収分を取り戻そうと「増税・負担増」を画策することが懸念される。現に、厚労省はパートなどの短時間労働者が厚生年金に加入する年収要件「106万円の壁」を撤廃する方向で最終調整に入ったが、新たに保険料負担が生じる人もいる。衆院選で大惨敗しながら「政権居座り」を決め込む石破首相の「増税・負担増」路線に要警戒だ。
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自民党の小野寺五典、国民民主党の浜口誠両政調会長は8日、国会内で政策協議の初会合を開き、「年収の壁」の見直しへ向け、来週に両党の税調会長を交えて協議することを確認した。
現行制度では年収が基礎控除(48万円)と給与所得控除(55万円)の合計である103万円を超えると所得税が発生する。このためパート労働者らが103万円を超えないように労働時間を抑制する現象が問題視されてきた。
1995年から最低賃金が1・73倍上昇したのを踏まえ、国民民主党は178万円への引き上げを要求している。玉木氏は「有権者との約束だ。(引き上げなければ)国民民主に期待した人にとってもゼロ回答だ」と述べ、自民党が応じない場合は、政権運営にも協力しない考えを示した。
産経新聞とFNN(フジニュースネットワーク)の世論調査では、年収の壁について「引き上げるべきだ」とする回答が77・2%に上った。物価高対策で最優先で取り組むべきことでも「減税」が32・7%と最も多かった。
一方でネガティブキャンペーンまがいの論調もある。その一つが、基礎控除を75万円引き上げた場合、国と地方を合わせて7兆6000億円の税収減になるという「政府試算」だ。
上武大学の田中秀臣教授(日本経済論、経済思想史)は「財源論が浮上したのは、財務省側の焦りの表れだろう。だが、財務省の省益よりも国民のために実施すべきだ。恒久的な減税になるように今年の補正予算の1回に留めずに来年以降の本予算に組み込んで効果を持続する方が望ましい」と語る。
もう一つのネガキャンが、「高所得者に恩恵」というものだ。年収210万円の人の減税額が所得税と住民税を合わせて約9万円なのに対し、年収500万円で約13万円、年収2300万円で約38万円という試算もある。加藤勝信財務相は「国と地方において減収が見込まれ、高所得者ほど減税の影響額が大きくなる傾向がある」と述べた。
■「手取り増」と逆行
しかし、「手取りの増加率」でみると年収210万円で4・3%、500万円で2・6%、2300万円で1・7%となっている。
田中氏は「金額でみれば高所得者層が有利にみえるが、所得との比率でみれば、低所得者の方が恩恵を受けることは明らかだ。『年収の壁』撤廃は国民民主党の看板政策で妥協はありえない。拒否すれば自民党も補正予算も通せず、政権の存立が危うくなるのでのまざるを得ないだろう」との見方を示す。
国民民主党はガソリン税の「トリガー条項」の凍結解除や消費税率の時限的な5%引き下げなども掲げている。
加藤財務相は前出の会見で、トリガー条項の凍結解除で国と地方の減収が生じるとして、「脱炭素に向けた潮流なども勘案しながら対応していく必要がある」と言及した。財務省側がクギを刺した形にもみえる。
田中氏は「財務省は一度得た財源を失いたくない。財務省や自民党内の緊縮派は、論点を『年収の壁』に持っていき、消費税やトリガー条項の議論から目をそらそうとする思惑もあるのかもしれない」と推測する。
こうしたなか、厚労省は、会社員に扶養されるパートら短時間労働者が厚生年金に加入する年収要件(106万円以上)を撤廃する方向で最終調整に入った。年収要件をなくせば保険料負担が新たに生じ、手取り収入が減る人も出てくる。「手取りを増やす」政策とは逆行する動きだ。
また、税制をめぐっては、石破首相も防衛力強化の財源を確保する所得、法人、たばこの3税の増税の開始時期について、年末の税制改正の議論で決着させる考えを示した。石破首相は金融所得課税の強化に言及し、その後撤回する一幕もあった。来年夏には参院選も控えるが、前出の田中氏は「現在は増税を言い出すのは難しいだろうが、7兆6000億円を取り戻しに動くため、将来的に『増税・負担増』路線になるだろう。防衛増税の開始はもちろん、石破政権が続けば、首相が掲げる防災省設置構想に関連して、インフラ整備のための『防災増税』を掲げるかもしれない」と警鐘を鳴らした。