石破茂首相は、岩盤保守層が強く警戒する一方、一部野党が声高に叫ぶ「選択的夫婦別姓」について、自民党の見解を早期に取りまとめる意向を示した。昨年10月の衆院選で惨敗して少数与党に転落した石破政権は、同制度を審議する衆院法務委員会や予算委員会のトップを立憲民主党に譲った。24日召集の通常国会では、新年度予算という「関門」に臨むが、まさか予算案と選択的夫婦別姓を「取り引き」するつもりなのか。国民が熱望する「減税」は放置したままで、「政権居座り」の画策を続ける〝危うい兆候〟が浮き彫りになってきた。
「濃密な議論を早急に行い自民として決めるよう党にお願いしたい。時間はあまり残されていない」「公明党との間で意見の一致をみたい」
石破首相は19日のNHK番組で、選択的夫婦別姓に関する自民党見解の取りまとめを急ぎ、斉藤鉄夫代表率いる公明党とともに、与党案として野党に示す意向を示した。
石破首相は「選択的夫婦別姓を導入する場合のメリットとデメリットを確認したい」と、課題の洗い出しも強調した。国民の手取りを増やす「年収103万円の壁」の引き上げをめぐり、国民民主党と「178万円引き上げ」で合意しながら議論を引き延ばすのとは対照的に、選択的夫婦別姓では機敏な対応をみせている。
これに対し、立憲民主党の野田佳彦代表は、法相諮問機関の法制審議会が1996年に選択的夫婦別姓制度導入を答申したことを挙げ、「30年越しの課題で決着のため議論の俎上に載せる」と意欲をみなぎらせた。
ある自民党ベテラン議員は「夫婦別姓は世界各国で制度が違う。本当に日本が特別遅れているのか。社会での不便を強調する声があるが、住民票やパスポートでの併記など、さまざまな場面で旧姓使用は可能で『生存権』を脅かすような極端な不都合があれば聞きたい。むしろ、出生した子供が自らの姓が選べず、夫婦間で係争になるなど、さまざまなリスクが想定されている。『熟議』にこだわる石破首相がなぜこれほど焦るのか、全く意味不明だ」とあきれる。
夫婦別姓をめぐる国の調査では、内閣府が2021年に行ったものが直近のもので、「旧姓を通称制度として設ける」が42%、「夫婦別姓選択制度導入」が29%、「現行の夫婦同姓制度維持」が27%だった。
読売新聞が20日朝刊で報じた世論調査でも、「夫婦は同じ名字とする制度を維持しつつ、通称として結婚前の名字を使える機会を拡大する」が43%で最多だった。
選択的夫婦別姓は、強制的な親子別姓や兄弟別姓につながる。
産経新聞が元日報じた小中学生(約1950人)への調査では、ほぼ半数が「家族で名字が変わるのは反対」と考えていた。将来、自分が結婚した際の別姓も「したくない」との回答が6割にのぼった。
野田氏はNHK番組で、懸念される子供の姓選択について、「兄弟でどうのがあるが、家族で決めればいいことで政府が決めることではない。そういうことも含め選択的であるべき」と指摘したが、自民党ベテラン議員は「国民への無責任な丸投げ」と指弾する。
一方、共産党の田村智子委員長は「ジェンダー平等を進めていくうえで不可欠だ」と強い意欲を示した。
石破首相の「時間はあまり残されていない」という発言を受け、与野党議員がX(旧ツイッター)で発信した。
自民党の佐藤正久参院議員は19日、「時間は残っていない? 何の時間が残っていないのか? 不明。国民的議論もまだまだという感じが正直あるし、子供の意見もあると思う」と発信した。
岩田氏「石破首相は保守ではなく〝保身〟だ」
参政党の吉川里奈衆院議員も同日、「早急に?? 時間がない?? ほとんどの国民は必要としていない。まずは国民の手取りを増やしてから言うべきでしょう。どうか早急に、お願いします」と書き込んだ。
なぜ、石破首相は夫婦別姓の議論で先走るのか。
政治評論家の有馬晴海氏は「自公与党は過半数を欠く以上、予算や法案について野党の合意が必要だ。昨年の補正予算も、野党に迎合して通してもらった。一方で、政権維持には夏の参院選を切り抜けないとならない。『夫婦別姓』や『103万円の壁』など、世論の関心の高く、野党が主張する政策で存在感を示し、成果をアピールする必要がある。支持率があがれば、衆院選とのダブル選挙の目が出てくるという計算もある。それまではひたすら、野党との協調を図るしかないだろう」と分析する。
自公与党が衆院で過半数割れするなか、自民党は17常任委員長のうち、政府の予算案を審議する重要ポストの8ポストを野党側に配分し、予算委員長は立憲民主党が握った。通常国会で審議される新年度予算案も、「生殺与奪」を握られているともいえる。
ただ、夫婦別姓という社会の根幹にかかわるテーマが政局化している形だけに、懸念の声もあがる。
政治学者の岩田温氏は「石破首相は『保守政治家』を自任しているが、100年以上続いてきた制度を慎重な議論をせずに政局のために軽々しく変えようとしている。保守ではなく〝保身〟だ。参院選では保守層の自民党離れがさらに進むとも予想され、保身にすらならないかもしれない」と突き放した。