石破茂政権の大敗を受けて、しばらくは政局の話題が盛り上がるだろう。有権者の判断の結果とはいえ、政治の不安定は、さまざまな悪影響を日本にもたらすことは疑いない。
経済問題でも深刻な影響がある。現在の日本経済は、次第にデフレの様相を見せ始めている。岸田文雄前政権での楽観的な経済予測が重荷になってしまい、財政政策は後手に回り、金融政策では日銀に最悪の利上げ路線を許してしまった結果である。
日本経済のデフレ化とは、企業が売り上げの減少を恐れて、人件費などのコストをきちんと価格に乗せることができないということだ。人件費とは賃金のことなので、政府がお題目のように唱える「賃金と物価の好循環」に失敗し始めているのだ。
帝国データバンクの調査では、今年の各社の値上げは、前年比4割程度で推移しているという。「値上げ」の主な原因は、世界的な異常気象でカカオやコーヒー豆などが不作だったことが響いている。日本でも同様の理由で「コメ不足」といわれる出来事が起きたばかりだ。豆類の不足は「ビーンズショック」というが、これは典型的なコストプッシュ型の物価上昇だ。輸入牛肉の価格上昇など「ミートショック」も同様の物価上昇をもたらす要因だ。
他方で売り上げが伸びる形でのディマンドプル(需要の増加)を理由にした物価上昇は勢いを失ってしまっている。そのため価格の引き上げではなく、価格の引き下げが生じている。
景気で問題になるのは財やサービスの平均価格としての「物価」なので、個別の価格に焦点を合わせすぎるのは問題だ。ただし全体の動きを把握したうえで、ひとつの事例として注目しておくのは悪くはない。
例えば、大手牛丼チェーンは値下げ競争に乗り出している。4年連続で牛丼の価格を引き上げてきた吉野家は、13年ぶりに100円以上の値引きを行った。肉などの原材料費が上昇していくなかでの値下げはまさに典型的なデフレ型の企業行動だ。しかも13年ぶりというのは、アベノミクス以前の「デフレ経済ド真ん中」の時代以来ということだ。吉野家に追随して、すき家や松屋も値引きクーポンに力を入れ、事実上のデフレ型の行動をとり始めている。
PwCコンサルティングの片岡剛士チーフエコノミストらは、日ごろから物価の動きを詳細に追っている。最近のリポートでは「物価上昇でなく、想定外の物価下落のリスクに留意」すべきだと警告している。
デフレ型の価格競争が本格化していく原因はもちろん、消費が弱いからだ。その原因は、賃上げを打ち消してしまう「増税」や「負担増」があるからだ。選挙中に、防衛増税について発言していた自民党が大敗したのは、当然の結果だった。(上武大学教授 田中秀臣)