ひと月ほど前に岩手の大船渡に行った。そのことはこの連載にも書いた。
着いた日の夜は「懇親会」とやらをやってくれるとのことだったが、丁寧に辞退した。懇親会、本当に苦手。
大勢の知らない人に接待されて、ご馳走を食べても、気をつかうのと緊張とで、食べた気がしない。味がわからない。
結局聞かれるままに、ドラマのこととかマンガのこととかいっぱい話さねばならなくなり、どんどん注がれる高そうな地酒も全然落ち着いて味わえない。なのに「ああ、おいしいですね」なんて笑顔を作ってる自分が嫌だ。宿に帰るとどっと疲れる。一人になってイチから飲み直したくなる。
そしてホテルの部屋で、テレビ相手に、自動販売機で買ってきた缶酎ハイか何かを、プラスティックのコップで飲む虚しさ。そんなのやめて歯を磨いてすぐ寝りゃいいのに、そうしないとリラックスできない。
そういうわけで、いろいろ理由をつけて懇親会は断るようにしている。さいわい、この歳になると、接待する側より歳上になるので、若い頃より断りやすくなった。「疲れているので」とか言えば、たいがい気をつかってくれて、挨拶だけで帰してくれる。歳をとってよかったところだ。
そうして懇親会を断って、ひとりで飲みに行くのが楽しいのだ。
大船渡でも、挨拶だけして宿に戻り、まだ明るかったのでひと風呂浴びて、日が暮れたら昼間ちょっとアタリをつけておいた飲み屋街に行く。
古い地味な居酒屋がいい。土地の人が普段に行く店。高そうな店は行かない。
その晩もすごくいい店に入ることができた。常連さんであろう四人グループが二組、楽しそうにテーブル席で飲んでいた。金曜日だったし。
ボクはラッキーなことにカウンターにスッと座れた。4人掛けのカウンターでボクだけ。これが一番いい。落ち着く。
ビールを頼んだらお通しに、山芋の千切りになめ茸をとろりとかけてうずらの生卵をトッピングしたのが出た。おいしい。これはいい店に違いない。と思ったら、さらに鰹の刺身が出た。これがウマイ。
だんだん店のお母さんと話すようになり、それからお父さんともポツポツ話すようになって、三陸の地酒を飲んだ。そうなると生干しイカを焼いてもらいたくなる。
こうして静かにゆっくり飲んでじんわり酔いながら地方の夜が更けていく。最高だ。
もう一杯飲んで帰ろうかな、というころ、お母さんが、
「今日はこちらに、取材か何かですか?」
と言われた。「え?」。顔バレしていた。いつから?「店に入ってきた時から。すぐわかりましたよぉ」。いやぁ、まいったな。眼鏡も外してて帽子も違ったんだけどなー。テレくさい。
しかたない、その一杯を飲んで記念写真を撮ってお勘定した。そしたらお母さんが、
「これ、お夜食にでも、明日の朝ごはんにでも食べてください」
と、いつの間にかおにぎりを作ってパックに入れておいてくれた。自家製のお新香とたくわんと。ありがたい!
翌朝、宿の眺めのいいテラスで食べた。酒から時間差があるけど、これもまたベント酒だと思う。焼き鮭のおにぎり、とびきりうまかった。
(マンガ家、ミュージシャン・久住昌之)