この夏は、8月29日から東京・日本橋の三越劇場で始まる舞台「リア王」の稽古の毎日だ。
今回の「リア王」は、大先輩俳優である横内正さんが、主演・上演台本・演出の三役を担当する。俳優のキャスティングなどを変えながら、2016年から同氏が続けている公演だ。
私は小さな劇場での実験的な「オセロー」に関わったことはあるが、大劇場での本格的なシェイクスピア演劇は初めてである。
私の役柄はオールバニー公爵といい、作品中で〝毒蛇〟とまで表現される長女ゴネリルの旦那さまで、ブリテン王国の「マスオさん」というやつだ。
しかし、後半ではリア王への忠義と正義感に燃える。私は、悪役やクセの強いキャラクターを任せられることが多いが、今回は正統派のベビーフェイス。
激しい稽古が、連日の猛暑など関係ないかのように毎日繰り返されている。言うまでもなく、シェイクスピア作品を完成させるには、役者たちの尋常ならぬ熱量を必要とする。
言い方は意地悪になってしまうが、若者同士の恋物語ドラマのような作り方は通用しない。
私自身も若い時は、その手の世界をいくつか経験してきたが、シェイクスピアは作品が役者に対して求めるモノの質と量が別次元だ。
美男美女の恋心などというものではなく、国家を二分するかのような強欲や激情を表現するパワーを求められる。
中世とルネサンスの過渡期にあたる、激動の中世イングランドの社会を表現する作業だ。
しかもアジア人である私たちが「翻訳言葉」でそれを表現する。そこにリアリティーを持たせるという難題。
このひと夏で、その正しい答えが見つかるかは分からないが、歴史や国を超えた先にある、いつの世も変わることのない「人情」に頼るしかないだろう。
そんな「無理ゲー」に勤しんでいる猛暑の毎日だが、この手の難しい芝居をやっていると、役者同士の世代的なズレが消えることがある。
Z世代と私たち昭和脳の価値観の乖離は、今や時代の風物詩。会社勤めをしている同世代の仲間と飲んでいても、その手の話題はよく出る。
私たち役者同士でも、昔のように先輩後輩のような関係性はほとんどなく、余計な会話や酒を一緒に飲むようなことは少ない。淡々と共同作業をこなすといった雰囲気だ。
だが今回のような難しい演目においては少し様子が違う。
それぞれが等身大で演じることができる「恋愛ドラマ」のようなものとは大きく異なり、まるで異世界の価値観を表現することになる。
先輩も後輩もなく、タイムマシンでも持っていない限り誰も正しい答えを知らないのだ。
不思議なもので、こういう難題に面すると、本能的なものなのか、令和も昭和も関係なくなり互いに助け合い出す。
その緊張感のなかで、それまで興味もなかった互いの価値観をわずかながらに理解し始める。
おそらく一般社会でも同じであり、対等な立ち位置で難題に立ち向かうと、世代を超えた変化が起きるのかもしれない。
■大鶴義丹(おおつる・ぎたん) 1968年4月24日生まれ、東京都出身。俳優、小説家、映画監督。88年、映画「首都高速トライアル」で俳優デビュー。90年には「スプラッシュ」で第14回すばる文学賞を受賞し小説家デビュー。NHK・Eテレ「ワルイコあつまれ」セミレギュラー。
8月29日~9月2日に東京・三越劇場で上演の「リア王2024」、10月14~23日に東京・赤坂サカス広場特設紫テントで上演も新宿梁山泊「ジャガーの眼」に出演。