旅先にて日本版の某配車アプリを利用しました。海外のUber(ウーバー)は何度も利用してきましたが日本で利用するのは初めて。初回にいきなり「高額請求」をくらいました。でも、どうやらボッタクリではなく、「入力ミス」だったようです。
海外のウーバーでは乗る前の配車依頼段階で支払金額が確定します。金額を見て「乗るか・乗らないか」を判断し、乗車後にその金額でカード決済されます。しかし、日本のアプリで事前表示されるのはあくまで予定金額。支払いに際してはメーターに表示された実車走行代金優先。それゆえタクシーが渋滞に巻き込まれると、予定よりも支払金額が増えます。
それはいいとして、ここでのポイントは運転手さんがメーター金額を配車アプリに「手入力」するらしいのですよ。
私が乗車した年配の運転手さんはどうやら入力金額を間違えた模様です。本当は1000円のところ、請求されたのは1万円でした。気付いてすぐにタクシー会社に電話したところ、ミスを認めてくれた上で「訂正の手続きを取ります」とご丁寧な対応でした。一瞬「もしやボッタクリ?」と思いましたが、私にはどうしても運転手さんが悪人には思えません。また、証拠がキッチリ残る配車アプリで悪さをするはずはないし。中途半端なデジタル化ゆえに間違いが起こってしまったという意味では、運転手さんも被害者といえるでしょう。
今後このようなアプリを使うときには必ず金額を確認します。どうぞ皆さまもお気を付けください。海外と違って「まさかのアナログ手入力」が残っている日本は危険がいっぱいですよ(笑)。
今回のトラブルを通じて「運転手さんを疑わなかった」自分に少々驚きました。私が特別いい人というわけではありません。私は思うのです、「日本のタクシー運転手さんのおもてなし精神は世界一だ」と。おもてなし精神にあふれ、そしてやさしい。タクシーで忘れ物をしても必ず出てきますものね。
日本にタクシーが登場して以来、このような「運転手マナーの向上」に一役買ったのがタクシー会社だったように思います。個人営業だとバラバラになりかねない能力の差やマナー意識を「会社が教育指導することで」全体を底上げしていった。そのような教育指導の役割が期待されたからこそタクシー運転手になりたい人はどこかの会社に入社します。個人タクシーの営業は法人タクシー勤務を何年か経験しないとなれません。
さらにさかのぼれば、運転免許を取りたい人間は、自動車教習所に通ってしっかり実技・交通規則を学ばせるという面倒見のよさにも通じます。このような「はじめは学校・大手で経験を積み、後に独立」というお墨付きモデルは中世のギルドを彷彿とさせます。
そのように組織的な人材育成システムが、パーソナルなデジタル人材教育にとって代わられようとしています。さて、この先も「人に優しい」タクシー運転手さんはこの国の伝統として残ってくれるでしょうか。これだけは「過去の話」にならぬよう願いたいものです。
■田中靖浩(たなか・やすひろ) 公認会計士、作家。三重県四日市市出身。早稲田大学商学部卒業後、外資系コンサルティング会社勤務を経て独立開業。会計・経営・歴史分野の執筆・講師、経営コンサルティングなど堅めの仕事から、落語家・講談師との共演、絵本・児童書を手掛けるなど幅広くポップに活躍中。「会計の世界史」(日本経済新聞出版社)などヒット作多数。