昨年A級に昇級した、佐々木勇気八段が藤井聡太竜王に挑戦していた七番勝負は、第4局を終えた時点で2勝2敗。第6局が確定し、盛り上がりを見せた。
七番勝負における佐々木の作戦は、有利になりやすい先手番で、自分の想定した局面に引きずり込んでしまうことだった。
今回で言えば第2、4局が正にそれで、どちらも終盤では大差で佐々木の方が優勢となり、勝ち切った。
反対に佐々木の後手番は出来が悪く、結局第5局まではすべて、先手番が勝つというシリーズになった。
そして迎えた第6局。舞台は鹿児島県指宿市『指宿白水館』に飛んだ。ここは何年も前から竜王戦が指されていて、羽生善治九段が2017年、渡辺明竜王(当時)から竜王を奪取し、永世七冠を達成した地として、記念碑が立っている。
また今年は、女流の「白玲戦」も行われている。
指宿温泉の名物といえば「砂蒸し風呂」で、佐々木はこの風呂に感動し、個人的にも何回か足を運んだことで、市から指宿の観光大使を委嘱されている。
私も前述の羽生九段の永世7冠のときと今回の立ち合いで2度、経験させていただいたが、熱くなった砂に埋もれての蒸し風呂は実に快適。ただし砂が思いのほか重く、これでは土砂崩れにあったら、人間はひとたまりもないなという、余分な感想まで持った次第。
前夜祭での翌日の予想対談で、私と解説の中川大輔八段がピッタリ合ったのは、佐々木はピンポイントで、局面を想定した研究を披露すること。
正にその通りで、相掛かり戦の藤井の実戦の進行から、前例にない手を繰り出し、佐々木はペースを掴(つか)んだ。
しかし局後「こういう研究の仕方は、対藤井戦だけのこと」と、佐々木は本音を漏らした。
他の人なら「どこからでも来い」と言えるのが、藤井戦だけはそういう形でなければ勝てない、と認めたのだった。
将棋は佐々木が型に嵌(は)めたと思わせたが、指しやすさから優勢にする順が発見できず、魅入られたように一方方向の角を打って形勢を損ねた。
1日目の封じ手前、あんなに頭を抱えて後悔する姿を見せる棋士を、初めて見た気がした。
2日目は残念ながら佐々木に勝機はなく、敗れて竜王戦は終わった。
しかし藤井に抜かれた棋士でなく、追う立場の挑戦者が指す将棋は面白い、と思わせたシリーズだった。
■青野照市(あおの・てるいち) 1953年1月31日、静岡県焼津市生まれ。68年に4級で故廣津久雄九段門下に入る。74年に四段に昇段し、プロ棋士となる。94年に九段。A級通算11期。これまでに勝率第一位賞や連勝賞、升田幸三賞を獲得。将棋の国際普及にも努め、2011年に外務大臣表彰を受けた。13年から17年2月まで、日本将棋連盟専務理事を務めた。