2つの台本提出
「3年前にお話をいただいて、もう100回ぐらい書き直しているんですね、この脚本」
と、さらりと言うが、相当なことだ。しかし、原作の小説が持つ面白さを突き詰めるためには必要なことだった。
22日公開の映画「六人の嘘つきな大学生」(佐藤祐一監督)は、浜辺美波(24)らが演じる就活生6人の裏の顔が暴かれていくミステリー。浅倉秋成の原作小説は巧みなレトリックによって張り巡らされた伏線が回収されていく。それだけに映像化は簡単ではなかった。
「原作の面白さをどうやって映像にするのか。原作の浅倉先生もおっしゃったんですが、そのまま映像化してもなかなか伝わりにくいだろうと。じゃあ自分なりにどうすれば面白くできるだろうかと考えましたし、監督やプロデューサー陣とも議論を尽くしましたね」
最終的にクランクインの数日前に、ようやくエンディングが違う2本の台本をまとめあげた。
「それだけみんなでもんでいると、何が正解か分からなくなるじゃないですか。私自身も分からなくなるし。なので、最後の最後は2つの台本を提出しました。後は監督やプロデューサー陣で決めてもらいました」
しかし、正直なところ「両方ともありだと思っていたので、どちらが選ばれてもいいものを出しました」というだけあって、「映画も、原作に負けないような素晴らしい作品になっているので楽しんでいただけると思います」と胸を張る。
実は映画の脚本は初めての挑戦だ。劇団「東京マハロ」を主宰し、戯曲やドラマの脚本などで頭角を現し、ここまでたどり着いた。しかし、演劇の世界に足を踏み込んだのは30歳になってからというから驚かされる。
「長男だったので、25歳でスポーツクラブのインストラクターを辞めて、実家の運送業者を継いだんですが、でも面白くなかったんですよ。うちが紙媒体を運んでいたので、下火になっていくんじゃないかと不安もあり、自分の将来を描いたときにあまりいいことが浮かばなくて…」
そんなとき、劇作家、三谷幸喜の舞台「オケピ!」を東京・青山劇場で観劇した。
「衝撃を受けました。いまだに覚えてますね。休憩の間、ずっとすごいものを見ているんだとショックを受けていたんです。で、自分が何でこの世界にいないんだと、何かかきたてられるものがあって。絶対、この世界に行きたいと思うようになったんです」
最初は演劇ではなく、ナレーションの学校に行き、結婚式の司会などをやっていた。もちろん会社をやりながら、二足のわらじだった。
「ナレーション学校の先生から、演劇を学んでみたらとアドバイスを受けて、29歳のときに俳優の学校に行ったんです」
そこで演技を学んだ後、50人ほどのキャパの小劇場の舞台に立つようになるが、満足できなかった。そこで自身で劇団を立ち上げるも、できたばかりの劇団に戯曲を書いてくれる人もなく、「最終的にやむなく自分で書き始めたってことです、簡単にいうと」。
とはいえ、いきなりうまくいくわけもなく、「4、5年前までは会社を経営しながら、自分もトラックを運転しながらなので、大変でしたよ。借金まみれでね。ただ親父にもタンカを切って演劇を始めたので、やめるわけにはいかない。自己破産寸前で会社を手放したんですが、当時TBSのドラマの打ち合わせを緑山のスタジオでしながら、税務署と電話でやりあっていました。恥ずかしい話ですが…」と明かす。
そんな苦労をしてきただけに、描く登場人物にも思い入れが強い。
「やっぱり弱い立場の人を書くことが多いですね。社会的な〝弱者〟という立場の人たちの味方になることを常に心がけています。一番、最初に考えるのは登場人物の人物像、キャラクターの履歴書です。そこから話は導かれていきますから」
では、彼にとって〝書く〟という作業はいったい何なのだろう。
「生きる術じゃないかな。趣味でもあり、遊びでもあり、生活でもあり、なんか仕事でもあり、僕の中のすべてかもしれない。子供との会話も役に立つんです。現在放送中の『バントマン』(フジテレビ系)でも、小4の息子との会話が生かされていますから」
その生き方が、すべて言葉として紡がれていくのだ。
(ペン・福田哲士 カメラ・相川直輝)
脚本担当 映画「六人の嘘つきな大学生」公開
■矢島弘一(やじま・こういち) 脚本家、演出家。1975年8月26日生まれ、49歳。東京都出身。実家の運送業を経営する傍ら、2006年に劇団「東京マハロ」を旗揚げ。主宰を務め、脚本も手掛ける。16年、「毒島ゆり子のせきらら日記」(TBS系)で向田邦子賞を受賞した。主な脚本作品は「ふるカフェ系ハルさんの休日」(15年、NHK・Eテレ)、「コウノドリ~命についてのすべてのこと~」(17年、TBS系)の第2シリーズ、「ハルカの光」(21年、NHK・Eテレ)など。現在は「バントマン」(フジテレビ系)が放送中。