20日に放送されたNHKスペシャル「ジャニー喜多川〝アイドル帝国〟の実像」は、1年がたち忘れ去られようとしている未曾有の性加害事件をあらためて取り上げ、大きな反響を生んだ。
多くの少年を芸能界でスターにし、その陰で1000人以上の少年に対し性加害を行っていたジャニー喜多川氏(故人)。また、その異常性を知りつつもかばい続け、権力を駆使しメディアを意のままに操ってきた姉のメリー喜多川氏(故人)。その構図をドキュメンタリー化したことは大いに評価できるものであった。
筆者が特に注目し、その内容を見て憤慨したのが、アイドルグループ「ジャニーズ」元メンバーの中谷良氏(2021年に死去)の姉に対するスマイルアップ(旧ジャニーズ事務所)の対応だ。同社は東山紀之社長が、会見で「人生をかけてこの問題に取り組んでいく」と被害者救済の決意を示していた。
中谷氏は1967年の裁判においてジャニー氏の性加害について証人となったひとり。しかし89年出版の「ジャニーズの逆襲」において、「私は裁判で噓の証言をしてしまいました」とし、11歳の頃から性被害を受けていたことを告白。そのトラウマから精神を患い続け、寂しい最期を迎えていた。
ジャニーズ問題が公に認められ、初めて事実を知った姉は弟の代わりに事務所に補償の申告をしたという。当初は事務所側は非を認めていたが、社内で〝暴露本〟を出した人物には「金は出せない」となったという。
しかし「金はいらない」とし、謝罪を求める中谷氏の姉はスマイルアップに電話をかけるが、補償本部長はのらりくらりと対応し、こんな言葉を投げかけた。
〝暴露本〟を出した被害者家族に「誰が何を謝るんだ…」
「誰が何を謝るんだというのが、ちょっと今わからなくて。本人たちが死んじゃっているんで」
「本を書かれて(会社側が)痛めつけられたのは間違いないんで。会社としては、すごくつらい目にあったのは間違いないんで」
そこで彼女が、東山社長の墓参を求めると、「いや、なんで東山がしなきゃいけないのか、ちょっと僕、わかんないんですよ。『メリーが謝れ』『ジャニーが謝れ』だったらわかるけど」とぞんざいな口ぶりで蹴散らそうとした。老齢の姉の、憤りと悲しみが混じった表情に筆者は胸を締め付けられた。
記事が気に入らないからと、筆者はメリー氏に事務所に呼び出され、数時間監禁された過去があるが、辞めたタレントに対する憎悪は「裏切り者」扱いどころか、差別用語を出すほどの容赦ない蔑(さげす)みようであった。同社担当者の資質の問題と捉える人もいるかもしれないが、筆者は「それこそがジャニーズの組織的DNA」だと確信する。
今回、補償本部長は解任された。とはいえ、その非情さは、世間とはかけ離れた本人たちが気づいていないだけにかえってたちが悪く、結果、被害者を二重に傷付けているのである。
■中村竜太郎(なかむら・りゅうたろう) ジャーナリスト。1964年1月19日生まれ。大学卒業後、会社員を経て、95年から文藝春秋「週刊文春」編集部で勤務。NHKプロデューサーの巨額横領事件やASKAの薬物疑惑など数多くのスクープを飛ばし、「編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞」の大賞受賞は3回と歴代最多。2014年末に独立。16年に著書「スクープ! 週刊文春エース記者の取材メモ」(文藝春秋)を出版。現在、「news イット!」(フジテレビ系)の金曜コメンテーターとして出演中。