あけましておめでとうございます。2015年1月に始まった本連載が、11年目を迎えることが出来たのは、読者の皆さんのおかげです。本当にありがとうございます。しかし、夕刊フジの休刊に伴い、今回が最終回となります。
最終回はやっぱり野球。日本野球産業の未来について考え、締めとしたいと思います。
まず、それほど悲観はしていない。北海道から九州まで、日本全国で半年にわたって開催される公式戦858試合で、2668万人もの観客を動員し、1試合平均では3万人を超える。この動員力は、日本の野球興行が全国規模で深く根付いている証拠といえる。したがって、なにかあれば音を立てて崩れるような状況にはないだろう。
しかし課題も明白だ。まず産業空洞化の問題。MLB(米大リーグ)人気は野球人気を支える大きな要因ではあるが、選手、ファン、スポンサーの流出でもある。また、少子化と、それを上回るペースでの競技人口の減少も現実である。野球に携わっている誰もが、じり貧をひしひしと感じている。それでも、下降線を緩やかにし、さらにはフラット化や反転を目指すための施策は存在すると、私は思っている。そのなかで今すぐできそうなものを以下、提案しておきたい。
第一に、ピッチクロックなどMLBで導入されたルール変更は、もったいぶらずにいますぐ導入したほうがよい。現代社会では娯楽がひしめき合い、人々の時間とお金を巡って熾烈な競争が繰り広げられている。その娯楽産業の最先端かつ最大の市場で確固たる地位を築いているMLBが、膨大な時間とコストをかけた調査のうえに導き出した施策を素直に受け入れるのが筋である。ピッチクロック、牽制球制限、ベースサイズ拡大、シフト制限、タイブレーカー制度…、いずれもそのまま導入するのが正解だ。
また、投高打低の是正についても、そのファンファーストの精神を含めMLBに学ぶべきである。MLBでは平均得点を4・5点程度に維持するため、ボールの反発係数を中心に調整を加えている。特に得点が4点近くに落ち込む年には、即座に是正措置が講じられている。こうしたファンファーストの柔軟な対応を見習うべきである。
MLBへの選手の流出は止まらない。その現実を前提に、ポスティングシステムを移籍金の還流装置と割り切り、有効に活用してはどうか。ここでは、サッカーにおける連帯貢献金の仕組みを先進事例としたい。連帯貢献金とは、移籍金が発生した際に移籍金を受け取ったクラブが、その5%を育成に携わった学校やクラブに、在籍年数に応じて分配するという国際ルールである。
たとえば、日本代表の伊藤純也選手がヘンク(ベルギー)からスタッド・ランス(フランス)に移籍した際、逗葉高校に1750万円、神奈川大学に2800万円が支払われた。このサッカーの仕組みをドジャース・山本由伸投手の事例にあてはめると、72億円の移籍金を得たオリックスから東岡山ボーイズに5400万円、都城高校に1億800万円ということになる。
個別のチームや高校に分配することに業界として違和感があるのであれば、地方連盟や中央競技団体(日本学生野球協会とか)が分配を管理する形にする手もある。佐々木朗希投手のポスティングフィーが、このようなかたちでロッテだけでなく、出身地や母校も含め日本の野球産業全体を潤すとなれば―、25歳まで待った可能性もあったかどうかは分からないが。
以上、記してみたが、要は日本には日本のやり方があるというプライドをぐっと呑みこみ、世界の潮流、そして時代に素直に従うということだ。やらない理由を探すのではなく、変化を受け入れる覚悟を持てば、日本の野球産業の未来は明るいと信じている。
本連載を通じてお伝えしてきた拙論が、読者の皆さまのスポーツ観やビジネス観に少しでも貢献できたならば幸いです。これまでのご愛読、誠にありがとうございました。
■小林至(こばやし・いたる) 1968年、神奈川県生まれ。桜美林大教授、博士(スポーツ科学)。92年ロッテにドラフト8位で入団、史上3人目の東大卒プロ野球選手となるも93年退団。94年から7年間米国在住、コロンビア大でMBA取得。2002年から江戸川大助教授、06年から教授。05年から10年間、ソフトバンク球団取締役を兼任。パ・リーグの共同事業会社立ち上げ、球界初の3軍制導入などに尽力した。ユーチューブチャンネル「小林至のマネーボール」。