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花田紀凱 天下の暴論プラス 原爆の悲劇訴える「1冊」と「1本」 写真集『ヒロシマ 消えたかぞく』と黒木和雄監督の『TOMORROW/明日』

zakzak by夕刊フジ 2024年8月8日 15時30分

8月、また広島、長崎、原爆の日がやってきた。

新聞やテレビも、この日が近づくと、いっせいに原爆に関する秘話を発掘し報道する。

一年に一度かよ、と皮肉も飛ばしたくなるけれど、日本人すべてが、原爆の悲劇、悲惨に思いを致すのも、大切なことだ。

唯一の被爆国としてわれわれには、それを語り継いでいく義務と責任があろう。

この日が近づくと、ぼくは1冊の写真集と、1本のDVDを必ず見ることにしている。

「1冊」は指田和さん(フリー編集者)が編集した写真集『ヒロシマ 消えたかぞく』(ポプラ社)。

この写真集については、確か以前にもこの欄で書いたことがあるし、ネット番組でも紹介した。

広島の播磨屋町で小さな理髪店を営んでいた鈴木六郎さん夫婦と4人の子供たち。飼っていたねこや犬たち。

六郎さんの趣味が写真で、幸せな一家のさりげない日常が、紹介されていく。ねこを背負った長女公子ちゃんの表紙の笑顔は一度見たら忘れない。

そんな一家が8月6日、一発の原爆で文字どおり消えてしまった。

<フジエさん(お母さん)は、瀕死(ひんし)の大やけどをおいながらも、山側のしんせきの家にたどりつきました。しかし数日後、かぞくがみな、なくなったことをさとると、井戸にとびこんでいのちをたったのです。>

指田さんは最後のページにこう書いている。

<すべてをうばいさった、あの原爆。でも、このかぞくが生きたあかしを消すことまでは、けっしてできません。>

「1本のDVD」は黒木和雄監督の〝戦争レクイエム三部作〟の1本、『TOMORROW/明日』。

舞台は1945年8月8日の長崎。戦時下ではあるが、一般庶民たちはそれぞれの家や、職場で、日常の、ごく平穏な一日を過ごしている。

看護婦のヤエ(南果歩)は、工員の中川庄治(佐野史郎)と結婚式を挙げようとしていた。

いつ空襲が来るかもわからない。つつましく、ささやかな結婚式だった。

一同、記念写真を撮り終えたところでヤエの姉ツルコ(桃井かおり)が陣痛を訴える。やってきた助産婦は、「生まれるのは夜になるだろう」と告げた。

ヤエの同僚の亜矢(水島かおり)は妊娠3カ月だったが、恋人は呉へ行ったきり音沙汰がない。

ヤエの妹昭子(仙道敦子)は恋人の長崎医大生英雄と会っていた。英雄は赤紙が来たことを告げ「駆け落ちしよう」と言うが、昭子は、「それでも男ね!」と突っぱねた。

庄治とヤエの初夜。

ツルコの出産。

黒木監督は、戦時下の長崎で、明日を夢見て一生懸命生きる、ごくごく普通の庶民の生活をたんたんと描いてゆく。

いつも通り、長崎の街を市電がゆっくりと走っている。

そして翌8月9日午前11時2分。

長崎に原爆が投下された。

一瞬、ピカッと光って、映画は、そのままエンドマーク。

岩波ホールで初めてこの映画を見たときは、しばらく立ち上がれなかった。

8月の「この1冊」と「この1本」、未見の方にぜひおすすめしたい。 (月刊『Hanada』編集長・花田紀凱)

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