「波瀾(はらん)万丈」「血湧き肉躍る」「一難去ってまた一難」などという言葉を久しぶりに思い出した。
ハヤカワ・ミステリ、2段組上下2冊で約2000枚。眠るのも惜しんで一気に読んだ。
まさに読み出したら止められないノンストップの面白さ。
現代中国の人気作家、馬伯庸の壮大な冒険小説にして、ミステリー。
『両京十五日Ⅰ凶兆、Ⅱ天命』。
夏休みに絶対おすすめの2冊だ。
時は1425年、明の時代。
第4代皇帝洪熙帝は首都を北京から南京に移そうと図り、皇太子朱瞻基(しゅせんき)を南京(金陵)に派遣する。
ところが、長江を下り、南京に到着した直後、太子の乗った大型船が大爆発、船腹は完全に裂けて沈没した。
闘わせるために飼っていた蟋蟀(こおろぎ)が逃げ、船尾に探しに行っていた朱瞻基は南京の捕吏、呉定縁(ごていえん)に危ういところを救われる。
まず、宝船爆破の犯人を捕まえねばならない。呉定縁と下級官吏于謙(うけん)の助けを借り、朱瞻基が事件の解明に取りかかったまさにその時、京城(首都)から「八百里加急」(早馬)の信書が届く。
「五月十一日康辰、上、不予。太子は即刻帰京せよ」
南京に着いたばかりの太子朱瞻基を呼び戻すのはよくよくのことだ。皇帝死去の兆しではないか。
5月11日に天子が突然、病気になり、その7日後に太子の乗った船が爆破された――。
これは一つの大きな陰謀の一環ではないのか。
于謙の進言で朱瞻基は即刻、南京を脱出し、北京へ戻ることを決断する。
猶予期間は15日。北京まで約1000キロ。
同行者は3人。
酒と女が好きだが、観察力にすぐれ、しかも、戦いに強い呉定縁。
下級官吏だが、才気に溢(あふ)れる于謙。
秘密を抱える男装の女医蘇荊渓(そけいけい)。
ある時は船で、ある時は馬で、次々に襲って来る敵と戦い、敵を欺きながら、ひたすら北京を目指す4人。
ある時は地下の水牢に閉じ込められ、泳いで脱出。ある時はボロボロの服を着た数百人の船曳き人足の中にまぎれ込んで暴動に加わったり。またあるときは〝病仏龍〟の異名を持ち、執拗(しつよう)に迫ってくる巨漢と闘い……。
一難去ってまた一難。絶体絶命の連続。これをどうやって乗り切るのかと読んでいてもハラハラドキドキの連続だ。
朱瞻基と于謙の知略、呉定縁の武力と推理力、女医蘇荊渓の医術、薬の知識などによって、次々と危機を乗り越えていく4人。
謎の白蓮教徒昨葉何(さくようか)。
最初は頼りなかった朱瞻基が苦難の連続の中で、政治の腐敗を知り、庶民の苦しみを知って人間的にも成長していく。
最後、紫禁城に乗り込んでからも、一大人間ドラマが展開。
蘇荊渓が、なぜこの4人のチームに加わったのかの謎も最後に明かされる。
冒険小説としても、歴史ミステリーとしても、まぎれもない傑作だ。
因(ちな)みに4人のうち2人は実在の人物。
朱瞻基は後の明朝5代皇帝宣徳帝。于謙は後の政変で謀反の罪に問われ、処刑されたという。