ドナルド・トランプ米大統領は20日、「国家エネルギー非常事態」を宣言する大統領令を出した。石油や天然ガスなど化石燃料を増産し、エネルギー価格を低減することでインフレを克服する狙いだ。再生可能エネルギーへの移行を経済成長の柱としたジョー・バイデン前政権からの路線転換を鮮明にした。トランプ氏はすでに他国の脱炭素政策にも横ヤリを入れている。再エネの導入や二酸化炭素(CO2)削減に意欲を示す石破茂政権も政策変更を突き付けられる恐れもある。
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トランプ氏は大統領就任演説で「米国はどの国よりも大量の石油と天然ガスを持っている。ドリル・ベイビー・ドリル(資源を掘りまくる)」と強調した。
エネルギー非常事態宣言で、国家・経済安全保障のために、西海岸や北東部、アラスカでのエネルギー供給などの促進に利用可能な全ての合法的な緊急権限を使用するとした。
同日に署名した大統領令では、連邦政府の管理下にある大西洋や太平洋などの海域で原油や天然ガスの新たな掘削を禁止した前政権の覚書も取り下げた。
トランプ政権は次期エネルギー長官に石油や天然ガスの採掘会社を経営するクリス・ライト氏を起用した。化石燃料の増産を主導する役割を担うとみられている。
エネルギー政策に詳しいキヤノングローバル戦略研究所の杉山大志研究主幹は「トランプ氏は1期目は必ずしも思い通りにできず、閣僚にも反対する人がいた。2期目は次を考える必要もないので、やりたいことをやるだろう」とみる。
また、電気自動車(EV)普及策を撤回し「自動車産業を救う」とも主張した。「数年前には夢にも思わなかったペースで、再び米国で自動車を生産する」と話した。豊富な資源を後ろ盾に競争力を高めて「再び製造業の国になる」とも語った。
トランプ政権のエネルギー政策をめぐっては、安価で安定したエネルギー供給によって敵対国に対する優勢を築く「エネルギー・ドミナンス(支配)」戦略を打ち出している。
杉山氏は「化石燃料を掘削し同盟国に供給することで、米国経済も発展し、ロシア、中国に負けないようにするという狙いだろう。原子力も推進するはずだ。トランプ氏は再エネがあまり好きではなく、風力もコストが高くなるため嫌っている。EVに関しても、国家レベルでの補助金を大幅に削減する方向性になる」と予測する。
バイデン政権時に復帰した気候変動対策の国際枠組み「パリ協定」を再び離脱する大統領令にも署名したが、さらに踏み込んでくる可能性があるという。
杉山氏は「パリ協定の元になる国連気候変動枠組み条約自体から離脱し、二度と戻れなくする可能性もある。仮に次の政権が民主党になっても、条約への復帰は共和党が多数を占める議会の承認が必要となる」と語る。一度条約から離脱すると復帰は難しいというわけだ。
問題は日本だ。菅義偉政権以来のグリーントランスフォーメーション(GX)政策は岐路に立たされる。
石破首相は6日の年頭記者会見で、再エネや原子力など「脱炭素電源」に言及し、「『地方創生2・0』の重要な柱」と明言した。原子力はともかく、再エネについてはトランプ路線と逆方向だ。
杉山大志氏「安全保障で日本にメリットも」
杉山氏は「トランプ氏は日本に政策転換を求めてくるかもしれない。日本側は、米国に油田の掘削や炭鉱の投資など官民一体で取り組むと告げるのも一手だろう。先進7カ国(G7)で米国が孤立しないよう歩調を合わせたり、再エネの大量導入や、CO2排出量取引制度、再エネ賦課金をやめることもできなくはない」と強調する。
トランプ氏はX(旧ツイッター)で英政府に北海の石油・ガス田を「開放」し、風力発電施設を撤去するよう要求するなど海外のエネルギー政策にも干渉している。
日本にも要求を突き付けてくる可能性があるが、必ずしも悪いことばかりではないようだ。
杉山氏は「石油やシェールガス、石炭などを購入するよう日本に求めてくるだろう。米国が化石燃料を世界に供給することで、資源国のロシアを締め付ける効果も見込まれる。中東に依存する日本にとっては安定供給になるし、『台湾有事』の際に中国が日本のシーレーン(海上交通路)を封鎖しようとしても、米国の船舶なら攻撃できない。安全保障の観点からもメリットになる」と指摘した。