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日本の少子高齢化が止まらない。生殖世代で不妊症のカップルは10~15%で、その半分は男性に原因があるという。この深刻な事態を受けて今年4月、日本初の男性不妊症の診療ガイドラインが発刊された。男性不妊の治療困難なイメージを払拭する画期的なものだ。本連載では、順天堂大学大学院医学研究科泌尿器科学講座助教で、同大学医学部附属順天堂医院の「男性妊活外来」を担当する平松一平医師を訪ね、男性不妊症ガイドラインの重要性を聞く。
平松医師が現状を語る。
「男性不妊は日常に存在する疾患で、2022年4月に体外受精などの生殖補助医療も保険適用になり、治療への注目も高まっています。ガイドラインの誕生で、男性不妊症を専門としない泌尿器科医や産婦人科医でも標準的な診療に携わることが可能になり、将来的により多くの方が適切な医療を選択できるようになっていくと思います」
不妊症治療が保険適用になり患者数に変化はあったのだろうか。
「保険適用前後でコロナ禍があったので正確なデータではありませんが、これまで自費であった精巣内精子採取術(TESE)が保険適用になりました。当院ではTESEと精索静脈瘤の手術を保険診療で行っておりますので、問い合わせは増えており、関心の高まりを感じます」
平松医師の男性妊活外来を訪ねる患者にはどんな傾向や特徴があるのか。「妊活前の検査を希望される方。婦人科で精子チェックを受け、所見が良くないと言われ、詳しく調べたい方。他にはカップルで不妊治療に取り組んでいるが、なかなかうまくいかず、今一度調べたいという方。20代後半から40歳未満が多いです。気になる方は、精子所見に加え、男性ホルモンの検査、超音波検査で精巣の状態のチェックもおすすめします」
一般的な男性不妊症の原因は主に3つ。①造精機能障害②性機能障害③精路通過障害だ。その8割は精子を作る能力に問題が生じている造精機能障害である。それを引き起こす原因として、特定できる中で最多なのは精索静脈瘤(せいさくじょうみゃくりゅう)だという。
精巣から心臓へ血液を戻す通り道の血管がコブ(瘤)のようにふくらんで血流が滞る。そのため、陰嚢内の温度が上昇し、精巣内の酸化ストレスも上昇する。それらが精子の質を低下させると考えられている。
「精索静脈瘤を改善する手術で、約7割は精液所見が良くなるデータが出ています。論文報告では、精液所見が良くなることに加え、その後の妊娠率やART(体外受精や顕微受精)の成功率が上昇すると報告。当院では4K3Dビデオ顕微鏡を用いた手術を保険診療で行っています」
一方で原因不明の「特発性」が5割超。また日本人に限らず世界的に精子の質が経年的に少しずつ低下している。背景にはスマホの電磁波や地球温暖化があると指摘する声もあるが真相は?
「数十年単位で総精子数、精子濃度質などが有意に低下傾向ですが、正確な原因は不明です。短期間で考えるとメタボリックシンドローム、ストレス、運動不足、睡眠不足など、基本的な生活習慣の乱れが関与していると考えられます。これらは男性機能にもよくない影響を与えますので、若い方の性欲減退傾向も少子化の要因のひとつと推測されます」 (取材・熊本美加) =つづく
■平松一平(ひらまつ・いっぺい) 順天堂大学大学院医学研究科泌尿器科学講座助教。2013年順天堂大学卒業。日本生殖医学会が定める認定研修施設の一つである獨協医科大学埼玉医療センター・国際リプロダクションセンターでの研修を経て、現在、順天堂医院で男性妊活外来を担当する。生殖医療専門医、泌尿器科専門医・指導医、日本性機能学会専門医、内分泌代謝科(泌尿器科)専門医、日本排尿機能学会専門医、難病指定医。