終戦から80年を迎える2025年は、わが国にとって極めて重要な年になる。日本が先の大戦とどう向き合い、国際社会でどのような役割を果たすのか。世界が日本からの発信に注目するからだ。
10年前の15年8月14日、安倍晋三首相(当時)が出した「戦後70年談話」は世界から高く評価された。そこには、保守政治家としての理念を強く打ち出しつつ、国益を常に考えて行動し、さらにはあらゆる国と良好な関係を築いた「安倍外交」のエッセンスが記されていた。
安倍氏は70年談話で、「先の大戦への深い悔悟の念」という表現から始まる一文で、戦後日本の平和国家としての歩みと今後も変わらぬ決意を示した。そのうえで、「私たちの子や孫、そしてその先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません」と述べた。安倍氏は自らの代で、「戦後の十字架」ともいうべき謝罪外交に区切りをつけようとした。
わが国が世界で果たす役割については、「自由」「民主主義」「人権」というキーワードを掲げ、「その価値を共有する国々と手を携えて、『積極的平和主義』の旗を高く掲げ、世界の平和と繁栄にこれまで以上に貢献してまいります」と述べていた。
実際の安倍氏の行動を見ても、中国だけでなく米国からの反発が予想されながらも、13年12月に靖国神社を参拝して保守政治家としての矜持(きょうじ)を示した。
だが、その後には国益的観点から対中関係、対米関係を好転させる。度重なる歴史問題の蒸し返しが問題となっていた韓国とは慰安婦問題の「最終的かつ不可逆的な解決」を確認した。さらには、米国とイランをはじめ、たびたび国際社会の「仲介役」をやってのけた。
戦後80年を迎える今年、日本を率いるリーダーである石破茂首相が進める外交には課題が山積している。
対中国では、昨年12月に訪中した岩屋毅外相が李強首相との会談で、「戦略的互恵関係」の推進を呼び掛けたが、具体的な成果は出ていない。福島第1原発の処理水海洋放出に伴って中国が全面停止した日本産水産物輸入再開の日程は決まらず、沖縄県・尖閣諸島での中国海警局船の航行も続いたままだ。
唯一の同盟国である米国とは、ドナルド・トランプ大統領との対面会談がまだ実現していない。韓国では尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領の「非常戒厳」宣言をめぐる政治的混乱が続き、核・ミサイル開発を進める北朝鮮をどう抑えるかという点で不安が出てきている。
安倍氏はあらゆる国との「二国間関係」を強めることで、世界における日本の存在感を高めることに成功した。そこには、「地球儀を俯瞰(ふかん)する外交」に基づく広い視野の戦略があった。
石破政権が、国際的に高い評価を受けた戦後70年談話に続き、新たな「80年談話」を出す必要があるのか。もし、出すならば「世界の中での日本の役割」を国際社会に示す指針の一つとなる。「安倍外交」を深化させた戦略的外交に取り組んでほしい。 =おわり
■岩田明子(いわた・あきこ) ジャーナリスト・千葉大学客員教授、中京大学客員教授。千葉県出身。東大法学部を卒業後、1996年にNHKに入局。岡山放送局で事件担当。2000年から報道局政治部記者を経て解説主幹。永田町や霞が関、国際会議、首脳会談を20年以上取材。22年7月にNHKを早期退職し、テレビやラジオでニュース解説などを担当する。月刊誌などへの寄稿も多い。著書に『安倍晋三実録』(文芸春秋)。