日本政府が中国人向け短期滞在ビザ(査証)の発給要件を緩和する方向で調整に入った―。12月初旬、政府関係者の話としてこう伝わったことを受け、違法風俗店経営者の中国人女性は思わず謝意を口にした。これにより、中国からの出稼ぎ風俗嬢の受け入れが可能になり、新型コロナのパンデミックが収束して以来、続いていた人手不足が解消すると彼女は見込んだのだ。
彼女の風俗店では、サービス1回あたりの女性従業員の取り分は8000円。1日5人を相手にしたとしても日当は4万円ほどである。彼女いわく、これは「上海や北京なら3~4人相手にすれば稼げる金額」だという。
それではわざわざ日本に出稼ぎにくる意味はないではないか。しかし、彼女は「日本で働きたい女の子は多い」と話す。
その理由は意外だった。まず、日本では違法風俗で働いていても、摘発されるリスクが中国に比べて格段に少ないと彼女は主張する。
「日本に本番やっている中国人の女の子は1000人以上いるけど、捕まるのなんて年に数十人程度。中国で一斉摘発があると、1つの歓楽街で働く風俗嬢の半分以上が一気に逮捕されることもある」
万一、摘発されても、不法就労者として強制送還されるだけ。中国で逮捕される場合と違って、家族や親戚に知られることもないため、安心して働けるのだそうだ。
そして、中国から出稼ぎ風俗嬢が日本を目指すのには、さらに大きな理由があった。
「彼女たちが本当に行きたいのは欧米やオーストラリア。日本や中国の何倍も稼げるから。でも簡単にはビザが取れない。ところが、日本に短期滞在ビザで滞在履歴があれば、信用が高まって欧米やオーストラリアのビザが取得しやすくなる。だから彼女たちはまず日本を目指す」(先の違法風俗店経営者)
不法就労者である出稼ぎ風俗嬢は招かれざる存在だが、彼女たちに踏み台にしかされていないとは、日本も落ちぶれたものである。
=この項おわり
外国人材の受け入れ拡大や訪日旅行ブームにより、急速に多国籍化が進むニッポン。外国人犯罪が増加する一方で、排外的な言説の横行など種々の摩擦も起きている。「多文化共生」は聞くも白々しく、欧米の移民国家のように「人種のるつぼ」の形成に向かう様子もない。むしろ日本の中に出自ごとの「異邦」が無数に形成され、それぞれがその境界の中で生きているイメージだ。しかしそれは日本人も同じこと。境界の向こうでは、われわれもまた異邦人(エイリアンズ)なのだ。
■奥窪優木(おくくぼ・ゆうき) 1980年、愛媛県出身。上智大学経済学部卒。ニューヨーク市立大学中退後、中国で現地取材。2008年に帰国後、「国家の政策や国際的事象が、末端の生活者やアングラ社会に与える影響」をテーマに取材活動。16年「週刊SPA!」で問題提起した「外国人による公的医療保険の悪用問題」は国会でも議論され、健康保険法等の改正につながった。新著「転売ヤー 闇の経済学」(新潮社)=写真=が話題。