■中日■
やっぱり本場所には「物語」がほしい。期待されていた人への期待は、それなりに保ちたい。しかし、今場所は琴桜の綱とりという最大トピックがすごい勢いで潰(つい)えてしまい、勝ち越せるかどうかすら怪しい状態。そして、大の里も力士人生初のスランプの気配を漂わせている。となるとあとは、豊昇龍がこの調子で綱とりへの期待を持たせてくれるかということと、もともとそのライバルと目されていた王鵬がどうやら一化けしそうだということと…今場所の「物語」はそのへんでしょうか。
それでも大相撲のいいところは、物語が微妙だったとしても「一つ一つの取組がおもしろい」という要素があること。今場所はその点で大物が出た。宇良が4日目の高安戦で出した大技「伝え反り」である。
相撲ファンでもなかなか知らない、知っていても説明できないレア技「反り」。背中を反って相手を後ろ側に倒すタイプの技である。実は「反り」と分類される技(決まり手)は6種類もあるのだが、すべて激レア。中でも「撞木(しゅもく)反り」に至っては力士を肩に担ぎ上げるような技で、史上一度も出たことがない。なんでそもそもこんなアクロバット技が制定されているのか謎である。
今回宇良が出した伝え反りは、「反り」の中ではまだ出やすいほう(といっても幕内で年に一度出るかどうか)。相手の脇の下をくぐりぬけるようにしつつ背中を反り、相手を後ろに倒す技である。と、文字で説明しても、実に分かりづらい。宇良が、組み合う途中で首を脇の下に入れたら「反りが来るか?」と期待してみてほしい。
脇の下に首を入れ込んでから反るとなると、比較的小柄でかつ相当首が強く、背筋も強くなければいけないので、技を繰り出せる人は限られる。いま幕内では宇良くらいしか思いつかない。しかしごく最近、宇良以外に反りをできそうな人材が十両に上がってきたのである。
西十両十二枚目、立浪部屋の木竜皇。父は元幕内時津海。父も脇の下に首を入れ込むという独特の体勢を得意とした力士だったが、息子の木竜皇もまるで遺伝子に組み込まれたかのように、脇の下に首を入れがち。
ただ、父はそこから反ることはなかった。息子にはぜひ、反りに挑戦してみてもらいたい…と無茶なことを考えているのは私くらいかもしれない。 (次回は29日発行紙面)