誰もが実感する「モノがあふれる時代」です。部屋中にモノがあふれて片付かないし、読みたい本は積み重なって積ん読状態。しかし、いまのような「モノあまり」になったのは、歴史的にみればほんの最近のことです。
工業製品の大量生産が始まったのは産業革命の200年前。アメリカで効率的で大規模な農業製品・工業製品の生産が行われるようになったのは数十年前のことです。それまで人類は数千万年に渡って食料と生活資材の「不足」に悩まされてきました。よって私たちの身体と心は「飢えやヒマ」に対応するのは得意ですが、肥満や多忙といった過剰にうまく対応ができません。
「モノがあふれる時代」はビジネスにも大きな変化をもたらしています。足りなかったはずの食べ物や生活資材がマーケットに大量生産された結果、それらの価格がずるずると「値下がり」しています。以前は儲かったモノづくり製造業のほとんどが「昔のままでは儲からない」状況になりました。
ここで生き残るには「安く売っても儲かるように体質を変える」か、あるいは「高く売れるように商売を変える」かしかありません。中途半端はよろしくありません。安い価格でも儲かるように持っていくか、それとも高い価格を狙っていくか。
安い価格で成功するには「数を売る」必要があることから、ある程度の経営規模が必要です。これで成功しているのがユニクロやニトリ。やはり低価格戦略は大企業向きなのです。すでに工場を所有している製造業はそれを稼働させねばならぬため、たくさん作る低価格戦略に向かいがち。ここでもっとも良くないのは「何も商売を変えずに価格だけ下げる」こと。これをやってしまうと一気に儲けが減ります。
一方で、街を歩くと少数ではありますが「工夫した高価格」が登場しています。かなり単価の高い人気スイーツとか。リラクゼーションであるとか。一般ウケを狙わず、「わかってくれる人だけにわかってほしい」高価格、この増加を私は頼もしく感じています。中小規模の商売人が生きていくには、この試行錯誤しかありません。
そして安売りor高価格は人間の生き方にも当てはまります。モノや情報があふれたといっても私たちの時間は24時間しかありません。だとすれば、やりたくない仕事や付き合いに時間を浪費するのは時間の安売り、つまり「自らの安売り」に他なりません。「忙しい」や「バタバタして」が口癖の人は自分を安売りしているのであります。
たとえ収入が低くても「豊かな時間を過ごす」ことができれば、それは安売りではないということ。すばらしいことだと思います。
私たちオジさん世代は若い頃から中年にかけて馬車馬のように働いてきました。しかしそうやって生産したものが余ってしまっている以上、その働き方自体を縮小すべきなのかもしれません。年末に向け、ペースを変えて優雅な時間を過ごそうじゃありませんか、ご同輩。
■田中靖浩(たなか・やすひろ) 公認会計士、作家。三重県四日市市出身。早稲田大学商学部卒業後、外資系コンサルティング会社勤務を経て独立開業。会計・経営・歴史分野の執筆・講師、経営コンサルティングなど堅めの仕事から、落語家・講談師との共演、絵本・児童書を手掛けるなど幅広くポップに活躍中。「会計の世界史」(日本経済新聞出版社)などヒット作多数。