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BOOK 喜劇人・伊東四朗伝説「抜群の記憶力は肉体の隅々に」 演劇研究家・笹山敬輔さんが迫る『笑いの正解 東京喜劇と伊東四朗』

zakzak by夕刊フジ 2024年7月27日 10時0分

粋にして骨太、スマートにして軽妙…。てんぷくトリオで一世を風靡、「電線音頭」で人気に火が付き、ドラマ・舞台・映画では硬軟自在に役柄を演じ分ける。6月に87歳の誕生日を迎えた〝喜劇人・伊東四朗〟の素顔に演芸研究者の笹山敬輔さんが迫る。

――東京喜劇を軸に伊東四朗さんのこれまでの歩みを書いた

「歌舞伎や新劇を中心に演劇研究をしていたのですが、自分自身が笑いや喜劇が好きなこともあり、大衆芸能に興味を持ち関心が移り始めました。東京喜劇は昭和の初めのエノケン(榎本健一)、(古川)ロッパの登場から始まり、笑いの研究を重ねていくと、いろいろな場面に伊東四朗さんの名前が出てくる。喜劇人として舞台に立ち、テレビドラマにバラエティー、ラジオ、映画に至るまで、年齢を重ねるととともに存在感を増し、現役で喜劇を語れるのは彼しかいないんです」

――現役のレジェンド

「伊東さんは、幼い頃から歌舞伎、演芸、落語、軽演劇などを見てこられた方で、舞台に立ってからはずっと第一線で活躍。森繁(久彌)さん、(三木)のり平さん、由利徹さんといった伝説の喜劇人とも共演。たとえば、渥美清さんとのエピソードを話すときには渥美さんの声色を真似て話される。伊東さんの抜群の記憶力は頭の中だけではなく肉体の隅々にまで宿っている。伊東さんの歩み自体が東京喜劇そのものなんです」

――タイトルの「笑いの正義」に込めたものは

「喜劇をやりたくて芸能界に入った伊東さんですが、舞台ではなかなかウケない。見ている側にいたときは笑うだけでよかったけれど、演じる側に回ると笑わせることは本当に難しい。今でも〝笑いの正解〟を探していると。笑いの正解はお客さんが知っていて、お客さんが教えてくれるという伊東さんの矜持をタイトルにしました」

てんぷくトリオは心の支え

――てんぷくトリオで伊東さんは人気者に

「伊東さんがバイト生活に明け暮れていた頃、新宿フランス座に通い詰め、一番の人気者の石井均さんから声を掛けられたことがきっかけで舞台に立つようになります。そこで三波伸介さん、戸塚睦夫さんと出会い一緒にキャバレー回りをすることに。2人とも6歳以上も年上なので、2人からは芸などいろいろなことを吸収したそうです。テレビの創成期には演芸ブームが巻き起こり、続々とトリオが登場し、その先頭を走るのがてんぷくトリオでした。でも、間も無くブームは終焉。戸塚さんが亡くなり三波さんが逝ったとき、伊東さんは『ほっぽり出されたような気持ちになった』と。てんぷくトリオという心の支えを失ったことは大きかったんです」

――1人になっても人気者に

「伊東さんはバラエティー番組でも重宝されました。だから、数々のバラエティー番組を生み出した井原高忠さんのアメリカナイズされた番組にもスーッと入っていけたんじゃないでしょうかね」

三谷幸喜さんと出会って…

――小松政夫さんとのコンビも語り草に

「1975年から放送された『笑って!笑って!!60分』(TBS系)での2人のコントとコンビネーションは抜群で絡みも絶品。伝説の番組『みごろ!たべごろ!笑いごろ!!』(テレビ朝日系)でもコンビを組み『電線音頭』が大ブームになりました。今でも強烈なインパクトを残しているけど、活動期間はほんの数年間。コメディアンとしての狂気を爆発させ、その振り幅の大きさを一緒につくった小松さんの存在も大きかったと感じますね」

『電線音頭』と『おしん』演技の軽さと重さが魅力

――伊東四朗の〝すごさ〟とは

「おもいっきり『電線音頭』で弾けたと思えば、NHK朝ドラ『おしん』の父親役で存在感のある役回りを見事にこなす。芸幅の広さはもちろん、演技の軽さと重さの両方を兼ね備えているところが魅力。乗り気ではなかった電線軍団のベンジャミン伊東になり切れたのは、まさに役者・伊東四朗だからなのです」

――50代半ばにターニングポイントが

「喜劇を舞台で続けたいと考えていた頃、佐藤B作さん率いる東京ヴォードヴィルショーに客演し、脚本の三谷幸喜さんと出会ったことが大きかった。それ以降、毎年のように舞台に立ち続けていますからね」

――牽引してきた東京喜劇の未来は

「東京宝塚劇場で『雲の上団五郎一座』などの上演で華やかな頃もありましたが、エノケンさん、のり平さん、由利さんなどが亡くなり、東京喜劇の灯が消えかかっていた頃、伊東さんの存在が大きかったんです。次につながる三宅裕司さん、B作さん、三谷さんへの橋渡しが伊東さんの存在理由。『笑いは時代を反映するもの』という伊東さんの言葉のように形を変えながらも、喜劇役者が演じて笑わせる東京喜劇はつながっていくでしょう」

『笑いの正解 東京喜劇と伊東四朗』

「てんぷくトリオ、ベンジャミン伊東にも間に合わなかった」という後追い世代の筆者が伊東四朗をロングインタビュー。芝居やコントが大好きで、それが高じて喜劇役者の道を選んだ伊東。薫陶を受けた森繁久彌、三木のり平といったレジェンドや、盟友の三波伸介、小松政夫らとの出会いと別れなどを通して約100年にわたる東京喜劇と日本の笑いの歴史をたどる。

文藝春秋 1870円税込み

■笹山敬輔(ささやま・けいすけ) 1979年富山県生まれ。45歳。演劇研究家。筑波大学大学院博士課程人文社会科学研究科文芸・言語専攻修了。博士(文学)。専門は日本近代演劇。2013年『演技術の日本近代』で「日本演劇学会河竹賞」奨励賞受賞。著書に『昭和芸人 七人の最期』『幻の近代アイドル史 明治・大正・昭和の大衆芸能盛衰記』『ドリフターズとその時代』など多数。

(取材・高山和久/撮影・酒巻俊介)

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