ジョー・バイデン米大統領は日本製鉄のUSスチール買収を禁止する命令を出した。日鉄側はバイデン氏らを提訴したが、ドナルド・トランプ次期政権で事態が好転する可能性はあるだろうか。
買収計画を審査していた米政府の対米外国投資委員会(CFIUS)は判断をバイデン大統領に委ね、バイデン氏は3日、禁止命令を出した。2月2日までに取引を完全に放棄するための措置を講じなければならないとした。かねてからバイデン氏は買収に否定的だったが、このタイミングの決定は、改めて米労働組合の代弁をした形だ。
これまで大統領が承認しなかったCFIUS案件は8件に過ぎず、そのほとんどが中国系企業が絡んだ案件で、同盟国である日本企業による買収はなかった。このため、バイデン大統領の決定は「日本を中国と勘違いした」というジョークがまことしやかに語られている。
日本製鉄とUSスチールは6日、禁止命令を無効とする訴えを米国の裁判所に起こしたと発表した。ただし、訴訟で命令が覆る可能性は低く、ここまでくると、トランプ次期大統領とディール(取引)して、完全な形でないにせよ、禁止命令を撤回させる以外の手はないだろう。
石破茂首相は6日の記者会見で「重く受け止めざるを得ず、懸念の払拭に向けた対応をアメリカ政府に強く求めたい」と述べた。だが典型的な〝官僚答弁〟で心に刺さらない。
こうした日本政府の対応を見て、トランプ氏は6日、SNSで「関税引き上げによってより高収益で価値のある企業になるというのに、なぜUSスチールを今売ろうとするのか?」と述べた。もともとトランプ氏もこの買収を認めるとは言っていないが、消極的なスタンスには変わりはない。
石破政権がトランプ氏との直接的なパイプがないことが痛い。安倍晋三元首相だったら、直接トランプ氏に連絡して「ディールしよう」と言っただろう。実際トランプ氏はディールが好きだ。バイデン政権の最後のあがきを打ち破り、トランプ氏に「決めるのは自分だ」と言わせるためには、「ディール」を持ちかけるのが現時点ではベストであろう。
安倍昭恵さんがお膳立てしてくれたトランプ氏との早期会談のチャンスも生かせなかった石破政権は、国益を損ねつつあると言わざるを得ない。
トランプ氏の行動基準は、まずは友情、次にはカネだ。それは、トランプ氏が昭恵さんと会い、次にソフトバンクグループの孫正義会長兼社長と会ったことからも分かるはずだ。
6日のSNSを見る限り、買収阻止ではなく、「USスチールにはもっと価値があるので投資したらどうか」とも読める。今回の買収計画でも、買収の対象を限定するとか、方式を間接的にして懸念される影響力を弱めるなどいくらでも手がある。
筆者は「外相や駐米大使はトランプ氏に対して役が立たないので昭恵さんに代わったほうがいい」と言ってきたが、今や冗談でなくなっている。一刻も早くトランプ氏の本心を探り、ディールに持ち込むべきだ。 (元内閣参事官・嘉悦大教授 高橋洋一)