「日本の天皇は祭祀(さいし)王です。カトリック教会のローマ法王、イスラムの聖職者、チベット仏教のダライ・ラマはすべて男性なのに、国連は女性差別だとは言いません。なぜ、日本にだけそのようにいうのですか? 世界にはさまざまな民族や信仰があり、それらは尊重されるべきです。内政干渉は許されるべきではありません」
2024(令和6)年10月14日、私はスイス・ジュネーブで開催されていた「国連女性差別撤廃委員会」にNGO枠で参加し、「皇統(父系男系)を守る国民連合の会」会長として、こうスピーチした。
事の発端は、20(同2)年に、女性差別撤廃委員会が日本政府に寄せた質問リストに、「皇室典範が、皇位継承を男系男子に限っているのは女性差別だ」という趣旨の文言があったことだ。
私はこれに抗議する意見書を4年前にも送っていた。今回、8年ぶりに「対面での対日審査会」がジュネーブで開かれることになり、そこに乗り込んだのだ。
23人いる委員のうちの10人弱と実際に話してみて、驚いたことがあった。
レバノンの委員がこう言った。
「私たちも伝統は尊重しています。日本に限らず王室のある国に同じことを言っているので平等に日本にも言っているだけです。推奨はしても、聞く聞かないは各国の自由です」
目から鱗(うろこ)だった。「公平を期すために言っているだけで、各国の主権は尊重する」という考えの委員もいたのだ。
その後の日本政府代表部に対する審査を経て、帰国後の10月29日、同委員会の最終見解が出された。その中には「日本の皇室典範の規定は委員会の権限の範囲外であるとする締約国の立場に留意する」という前置き付きながら、「皇室典範を改正するように勧告する」とあった。
メディアは一斉にこれを重大事のように報じたが、日本人はこの「勧告」という言葉に踊らされていないだろうか。原文は「recommend」で、「お勧めする」という程度の意味合いだ。法的拘束力もない。
にもかかわらず、日本人は半ば強制力を伴う上からの「お達し」的に受け止めている人が大半なのではないか。レバノンの委員の言葉通り、聞く聞かないを決めるのは、主権を持つ日本自身だ。
日本人はまず、国連を「国家を超える権威」、あるいは「平和の殿堂」であるかのようにとらえる「国連幻想」から目覚めなければなるまい。
■葛城奈海(かつらぎ・なみ) 防人と歩む会会長、皇統を守る国民連合の会会長、ジャーナリスト、俳優。1970年、東京都生まれ。東京大農学部卒。自然環境問題・安全保障問題に取り組む。予備役ブルーリボンの会幹事長。著書・共著に『国防女子が行く』(ビジネス社)、『大東亜戦争 失われた真実』(ハート出版)、『戦うことは「悪」ですか』(扶桑社)、『日本を守るため、明日から戦えますか?』(ビジネス社)。