石破茂首相は3日、参院本会議の代表質問で、9月の自民党総裁選では前向きだった「核共有」について、「非核三原則などとの関係から認められない」と答弁した。日本は、中国とロシア、北朝鮮という核保有国に取り囲まれている。石破首相は総裁選で、非核三原則の「持ち込ませず」の見直しにも言及していたが、また「変節」したのか。ロシアがウクライナに侵攻して、世界を「核兵器で恫喝(どうかつ)」した2年10カ月前、安倍晋三元首相は「国民の生命と財産、国家の独立を守るために、『核抑止の議論』が必要だ」と訴えた。元国家安全保障局次長の兼原信克氏は、日本が直面する「核の脅威」を指摘した。
一昨年8月、広島テレビの番組「核とPeace~2022揺れる広島」に出演したとき、女性の被爆者が「核保有がないと領土を守れない。侵略されることがどれほど恐ろしいか」と述べたのに驚いた。同番組の世論調査によると、安倍元首相が提唱した「核共有」に、広島県民の4分の1が賛成した。国民は、現実主義に立った核の議論を求めている。
習近平国家主席率いる中国による「核の大軍拡」は止まらない。米中央情報局(CIA)によれば、2035年には中国の核弾頭数は1500発となり、米国の常備配備核弾頭数に並ぶ。米国は史上初めて、中国とロシアという二大核大国と対峙(たいじ)する時代を迎える。
中国は、大陸間弾道弾用サイロの建設に余念がなく、戦略爆撃機は核弾道ミサイルを搭載している。中国は12発の発射口を持つ「晋級戦略原潜」に「巨浪3」という大陸間弾道弾を搭載し、中国沿岸部から米西海岸を射程に収めた。やがて新型の「巨浪4」が登場する。中国はすでに第2撃能力を備え、米国との本格的な核対峙に臨もうとしている。
中国はさらに、広島型原爆のような低出力の戦術核の開発にいそしむだろう。そのターゲットは、「台湾有事」の前線国家となる台湾、日本、フィリピンである。民間人被害の少ない海上作戦では、空母機動部隊も攻撃対象となるであろう。
米議会は、国防授権法で、攻撃型原潜に戦術核搭載巡航ミサイルの再搭載を認めている。ジョー・バイデン政権は容認に向かっている。ドナルド・トランプ次期政権は、明確な前向き姿勢を示すであろう。10年後には、神奈川県・横須賀基地や、長崎県・佐世保基地に核搭載原潜が再び入港してくる。
米国の核ミサイルは、日本に対する中国の核攻撃を抑止するためのものである。その寄港を認めないのは大きな過ちである。
そもそも、米原潜の入港は、乗組員を休養させ、油や水を積むためである。それを「核持ち込み」と言って騒ぐ方がおかしい。攻撃型原潜からの核ミサイルの発射は公海上から行われるのであり、日本は協議することさえできない。
木原稔前防衛相の英断で、初めて日米外務・防衛担当閣僚による安全保障協議委員会(2プラス2)で「核協議」が行われた。しかし、問題は山積している。
中国の核ミサイル発射に関する早期警戒情報の共有をどうするのか。核ミサイルを使ってどこを反撃するのか。米戦略軍が管理している核兵器のどれをどの状況で使うのか。残念ながら、これまで実戦に向けた核協議はなされたことがない。前世紀末まで中国軍は非力であり、「台湾有事」における核使用など考えたことがなかったからである。
今や中国の「核の脅威」は本物である。最高首脳、防衛首脳、米戦略軍、米インド太平洋軍、自衛隊の間の早急な協議が必要である。さもなければ、いつか国民を「非核の殉教者」にすることになる。
■兼原信克(かねはら・のぶかつ) 1959年、山口県生まれ。81年に東大法学部を卒業し、外務省入省。北米局日米安全保障条約課長、総合外交政策局総務課長、国際法局長などを歴任。第2次安倍晋三政権で、内閣官房副長官補(外政担当)、国家安全保障局次長を務める。19年退官。現在、同志社大学特別客員教授。15年、フランス政府よりレジオン・ドヌール勲章受勲。著書・共著に『日本人のための安全保障入門』(日本経済新聞出版)、『君たち、中国に勝てるのか』(産経新聞出版)、『国家の総力』(新潮新書)など多数。