中国政府による米国へのスパイ活動が「米史上最悪」の規模にまで拡大している。音声通話をリアルタイムで盗聴するなど数百万人分の電話やテキストメッセージが傍受されており、ドナルド・トランプ次期大統領らも標的となった。米国内の重要インフラも狙われているというから事態は深刻だ。習近平指導部は日本にすり寄る姿勢を見せているが、その裏ですでに日本国内でもスパイ網が浸透している恐れもある。米中対立の激化が見込まれ、台湾有事も懸念されるなか、石破茂政権に危機への備えはあるのか。
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中国スパイの動向については、米紙ワシントン・ポストが先月22日、米上院のマーク・ウォーナー情報特別委員長(民主党)の発言を報じた。
ウォーナー氏は中国系ハッカー集団「ソルト・タイフーン」が米国の通信会社を介した音声通話をリアルタイムで盗聴していると述べた。連邦捜査局(FBI)が確認した被害者は150人未満だが、数百万人分の電話やテキストメッセージが傍受されている恐れがあると指摘した。
トランプ氏やJ・D・バンス次期副大統領の携帯電話もハッキングの標的になったという。一方、1年以上前に通信システムに侵入した例もあるといい、要職者らが幅広く狙われていたようだ。
海外の諜報活動に詳しい日本カウンターインテリジェンス協会の稲村悠代表理事は「ソルト・タイフーンは中国国家安全部の管理下にある組織だと指摘されている。中国側は、米国の司法機関などのネットワークに侵入し、政治家や企業など広範囲の情報を収集していたのではないか。平時から密室での会話など機微な情報を狙っていたとみられるが、発覚したことで中国側には大きなダメージになる」と語る。
ロイター通信は、中国のハッカー集団が米国の重要インフラを標的にしているという米サイバー軍幹部の証言を報じた。サイバー軍幹部は「米国との大規模な危機や、紛争が起きた場合に優位に立つことが目的」と語ったという。
また、米紙ニューヨーク・タイムズ(電子版)は昨年7月、米軍の重要拠点がある米領グアムのインフラに中国のマルウエア(悪意のあるソフトウエア)が仕掛けられていたとし、米政権が探索を国内外で実施していると報じた。
今年2月には中国政府の支援を受けるハッカー組織「ボルト・タイフーン」が米国各地の通信・エネルギー・運輸や、水道など重要インフラに入り込んだと米国土安全保障省サイバー・インフラ安全局(CISA)が報告書で発表した。さらに3月には米下院の調査で、米港湾に設置された中国国有企業製の荷役クレーンに、操業とは無関係の通信機器が搭載されていたことも分かっている。
今回明らかになった音声盗聴のほか、重要インフラへの侵入も疑われる。中国のハッカー集団について、稲村氏は「今回のように深部に入る能力があり、有事の際に基幹インフラを一部停止させる能力もあると見てよい」とみる。
米紙ウォールストリート・ジャーナル(日本語電子版)によると、先月だけでも中国政府に関連する企業が米国や英国、フランス、ルーマニアなどでカメラやルーターを含むインターネット接続機器26万台をハッキングしたという。中国を支援するハッカーの数は米連邦捜査局(FBI)のサイバー要員総数の少なくとも50倍に上るという。
稲村氏は「当然、日本にもリスクはある。常に情報収集されていながら気づかないというケースが多いだろう。(攻撃側のサーバーに侵入して攻撃を未然に食い止める)『能動的サイバー防御』の必要性は訴え続けなければならない」と指摘する。
山下裕貴氏「自衛隊の攻撃能力向上に法の変更が急務」
トランプ次期政権下では、対中関税60%を掲げるなど米中対立がさらに激化することも予想される。その半面、石破政権下では、中国外務省が日本に対する短期滞在のビザ免除措置の再開を発表するなど「日中融和ムード」も漂い始めている。
元陸上自衛隊中部方面総監の山下裕貴氏は「日本が警戒すべきなのは、米中対立が激化するなか、中国が対日融和に動いてくることだ。対中輸出入の依存度を高めたりして日本を『中立』に立たせようと仕掛けてくるかもしれない。だが、いったん台湾有事となれば、日本も南西諸島や在日米軍基地のネットワークが攻撃対象になりかねない」と警鐘を鳴らす。
官民一体で対応を
中国側のすり寄りに甘い顔をしていては、いつの間にか情報が筒抜けになってしまう恐れもあるというわけだ。中国の攪乱(かくらん)工作に日本はどう対応すればいいのか。
山下氏は「自衛隊のシステム防護隊などサイバー関連の部隊は人員規模も拡大しているが、サイバー空間で『攻撃』を仕掛けなければ能力の向上は難しい。現在の法体系では攻撃を仕掛ければ刑法犯になるので、法的枠組みを変えることが重要だ。官の力だけでは能力が足りないので、(善意でサイバー技術を使う)ホワイトハッカーを民間から雇うなど、官民一体でサイバー防御に対応すべきではないか」と指摘した。