僕は映画制作の仕事もしています。映画を観るときは、直感で作品を選ぶタイプ。事前情報をネットで調べることはありません。どんな話か、誰が出ているのか、先入観ゼロで作品と向き合う。その方が感動も大きいと思っています。
先月は、『ラストマイル』(塚原あゆ子監督)という邦画に心を揺さぶられました。
世界的巨大ショッピングサイトを舞台に、一つの商品をお客さんに届けるまでの(無慈悲な)裏側を描いた衝撃作です。しかし、どんなに流通がシステム化されても、最後は人間の力が必要――大手企業から委託された個人ドライバー役の俳優さんがとても素晴らしかった。企業に不当に搾取されても自分の仕事にプライドを持ち続け、決して手を抜かないで生きてきた、いぶし銀の男の役です。
「あの味のある役者は誰なの? 有名な人?」と映画を観た後で同行者に尋ねると「先生何言ってるんですか? 火野正平さんですよ」と。「ええっ? ほんま!?」
天下の色男といわれたあの人が、こんな素敵な歳の取り方をしていたのか。これからもっとこの人の出ている映画を観たいな。そう思っていたのに、これが遺作となってしまうなんて。
俳優の火野正平さんが、11月14日に都内の自宅で死去されました。享年75。所属事務所によれば、「夏の腰部骨折を機に体調を崩した」とのこと。
火野さんは2011年より日本全国を自転車で旅する『にっぽん縦断 こころ旅』(NHKBS、BSプレミアム4K)に出演していましたが、この春から腰痛のためロケを断念。復帰を目指していましたが、9月には腰部を圧迫骨折したと発表されました。僕はこの番組を知らなかったけれど、断続的ながら70代を過ぎて自転車で旅を続けていたことに驚きました。偉業です。
しかし、どんなにトレーニングを続けている人でも、70代前後から骨密度も筋肉量も減少していくため骨折リスクが高まります。転んだり、ケガをしたわけでもないのに「いつの間にか骨折」をしている場合もよくあります。
*慢性的に腰が痛い感覚がある。
*最近、背中が曲がってきた。
*身長が縮んできた気がする。
これらの自覚があるようでしたらば一度検査に行ってください。「どうすれば骨折しないか?」という質問をよく受けます。骨粗鬆(こつそしょう)症予防のためカルシウムを多く摂るようにと助言しますが、どんなに気を付けてもなる時はなります。骨折が怖いからと出歩くのを諦めるのは、本末転倒でしょう。
火野さんはこんな言葉を残していました。「人生、下り坂最高!」
モテる男はやっぱり言うことが違うなあ! この言葉を胸に、僕も下り坂を元気に生きていきます。
■長尾和宏(ながお・かずひろ) 医学博士。公益財団法人日本尊厳死協会前副理事長。映画『痛くない死に方』『けったいな町医者』をはじめ、出版やインターネット配信などさまざまなメディアで長年の町医者経験を活かした医療情報を発信する傍ら、ときどき音楽ライブも行っている。