記事の見出しは重要だ。見出しの付け方ひとつで読者の食いつきが全く違ってくるからだ。そこで読者を釣るため、羊頭狗肉の見出しが頻出するのは洋の東西を問わない。
釣り見出しは「メディアの退廃」だ。しかし、釣り見出しだけに目を奪われて、記事本文を読まないまま、瞬間湯沸かし器のようにコメント投稿するのは「知性の退廃」に他ならない。
韓国の新聞「ハンギョレ」の日本語サイト(11月18日)に、「国は豊かでも貧しい韓国の高齢者…79%が生計のために働く」との見出しの記事が載った。
韓国の大手企業には「45定」(サオジョン=45歳で定年)と呼ばれる慣行がまかり通る。法定定年が何歳だろうと、50歳に近づいた事務職に退職を強要することだ。
大部分は中小企業に流れる。収入が半分ほどになる。そこで60歳まで働いたとしても、年金受給年齢まで5年ある。ようやく手にする年金では食べていけない。それで月3万円ほどにしかならない失業対策事業、あるいは単純労働職に就く高齢者が増える。
こうした韓国事情を知っていれば、「エッ、働いている高齢者が多いことは知っていたが、79%にもなるのか」と驚くほかない。「国策研究機関である保健社会研究院の発表」とあるから信頼性が高まる。
ところが、記事本文を読めば、「79%」という数字はどこにもないのだ。働いている高齢者(65歳以上)は、2014年の28・9%が23年には39%に増加したと書いてある。
では、「79%」とは何なのか。現に働いている高齢者に働いている理由を尋ねたところ、77・9%が「生活費をかせぐため」と答えたとある。
11年の数値として「79・4%」とはあるが、23年調査を紹介する記事の見出しに11年数値を出すことなどあり得ない。
見出しを付ける過程で、23年の数値77・9%が79%に誤記されたのだろうか。念のため、韓国語サイトで原文記事を見ると「78%が生計費のために労働」とあった。日本語サイトへの翻訳者が1%盛ったのかもしれない。
「国は豊かでも」に該当する記述は、原文記事にも日本語記事にもない。これは本社の整理部記者が付けた「釣り」ではないのか。
だが、日本語記事へのコメントは、「高齢者の79%が生計費のために働いているのに、何が〝国は豊か〟なのか」といった反応が目立った。
ネットメディアの普及は、ちょっと長めの文書をしっかり読む意欲と能力を喪失させているのだろう。知性の危機だ。 (ジャーナリスト 室谷克実)