韓国の尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領が「非常戒厳」を出して以降、韓国政治が混乱している。日韓関係や、日米韓の安全保障の連携にどのような影響があるだろうか。
今回の政変はあまりに杜撰(ずさん)で、まるで民主主義国ではないような話だった。非常戒厳のニュースが出たときには、フェイクかと思った韓国人もいたほどだという。結果として、非常戒厳は6時間で撤回に追い込まれた。
それにしても、ネット上に出ている動画を見ると、流血事態の一歩手前で寒気がした。国会において、兵士の銃を奪おうとする者がいた。奪っていたら、他の兵士らの攻撃で流血必至という危険な状況だった。
今回の真相はいまだにはっきりしない。ワイドショーで格好の話題になった尹大統領の夫人を守るためというストーリーには、事件が古すぎるという致命的欠陥がある。
少数与党での苦しい国会運営や先の総選挙での「不正」の解明なども非常戒厳の背景にあるといわれているが、法的に無理筋なのは、法律家の尹大統領であれば、容易にわかるはずだ。結局、尹氏は謝罪に追い込まれ、その権限は狭められ、事実上の解任状態だ。
もっとも与党も今の段階で尹大統領を弾劾し、大統領選を行うのは適当でないので、国会の弾劾決議はかろうじて回避された。
日韓関係には早くも影響が出ている。来年1月に予定されていた日韓首脳会談はご破算になった。予定のめどもまったくない。石破茂首相の任期は少数与党で不安定だ、宇野宗佑政権をかろうじて超えたものの、まさか尹政権も死に体になるとは予想外の展開だろう。
1月20日にドナルド・トランプ氏が米大統領に就任するが、当面ウクライナの和平に注力するはずで、極東アジアは後回しになるだろう。ウクライナ問題では、領土は1月20日時点での現状固定、安全保障では当面ウクライナの北大西洋条約機構(NATO)加盟はないが、米国などによる安全保障確保という線が考えられる。
ただし、ロシアとしてはトランプ大統領の任期が4年で、その次がないことを見越して、ポスト・トランプでのウクライナ掌握を視野に入れてもおかしくない。ウクライナとしては自前の核保有まで選択肢にないと安心できないだろう。
タフな交渉になるので、日韓の政権が不安定であることを考慮すると、トランプ氏の目は極東アジアの同盟国には向かない可能性もある。いずれにしても、尹大統領の功績である日米韓の連携はズタズタだ。
幸い、トランプ氏には中国へのにらみや北朝鮮問題への対処の期待があるほか、ロシアもウクライナ和平への思惑がある。このため、極東アジアが不安定化する可能性は少なくなっている。
ただし、シリアのアサド政権は、後ろ盾のロシアが、ウクライナ侵攻で余力がなくなったら崩壊した。日本も米国頼みではなく自前の自衛力がないと安心できない。 (元内閣参事官・嘉悦大教授、高橋洋一)