「8 1/2」(1963年、フェデリコ・フェリーニ監督)では、「人生はお祭りだ。いっしょに過ごそう」というセリフの後、ラストで大勢が輪になって踊る有名なダンスシーンが出てくる。「ララランド」の冒頭シーンの元ネタといわれている。
アヌーク・エーメはダンサー志望だったという。だから、その意味ではこのダンスは彼女に最もふさわしいといえるだろう。
列車の中で、白い服を着た登場人物たちがまるで幽霊のようにセリフもなく踊るのだが、それが当初のラストシーンだった。ところが実際には、もう1本別のダンスシーンがあったが、カットされてしまった。
というのも、急遽予告編を作ってほしいと依頼され、登場人物を集めてダンスシーンを再び撮ったが、最初撮ったシーンとは違い、互いに手を取り合ったり、服装も違っていたりで使えなかったのだ。幻のシーンは、マリオ・セスティ監督のドキュメンタリー「ザ・ロスト・エンディング」に残されている。
この変わったタイトルはどうしてついたのか。これはフェリーニ監督にとって8本目の作品になる(実際は短編やオムニバスを含めると10本)。デビュー作「旅の灯」はアルベルト・ラットゥアーダ監督と共同監督としてクレジットされているため、2分の1とカウントしたようだ。タイトルなんて意外と意味のないことが多いのだ。
映画監督のグイド(マルチェロ・マストロヤンニ)は、プロデューサーにせっつかれ、批評家からはボロクソにいわれ、わがままな女優にアップアップ。さらに愛人の存在が妻にバレて前門の虎、後門の狼状態に。フェリーニ監督の自伝だといわれる(自身は否定)が、こんなことを苦悩していたのかと考えてしまう。
監督はユングの心理学が好きだったそうだ。その証しがそこかしこに流用された感がある。妻役のアヌークはここでも清楚でけがれのない美しさ。それに対して、マストロヤンニはハーレムで大はしゃぎするクズ男だ。
現実と幻想が交差する映像表現の素晴らしさには脱帽するが、よく考えてみればコメディーにすぎない。それはともかくアイデアの豊富さには脱帽。脳内パニックのカオスが完璧に表現されていて、アカデミー外国語映画賞を受賞したのも納得か。 (望月苑巳)
アヌーク・エーメ 1932年4月27日、パリで生まれる。映画デビューは47年の「密会」。2024年6月18日、92歳で死去した。名前は日本ではエメ、エメーとも呼ばれた。