モンゴルの首都ウランバートルからバスで30時間以上をかけてカザフスタンとの国境に程近い西部の町・ウルギーを目指しているが、さっきから隣に座っている男の腕がピトピトと当たる。
私は海外を旅していると、各地でやたら同性愛の男性に出会ったり、絡まれたりする。今回もまたそれかと思っていたが、どうやら私の思い違いで、隣に座っていたのは「アーノルド・シュワルツェネッガーのような肉体を目指している」と語る20歳の好青年だった。
彼は名を「ベルック」と言った。ウランバートル近郊にある鉄道関係の学校に通い、運転手を目指しているが、1年間だけ家業(畜産)を手伝いに故郷のウルギーへ帰るのだという。
ウルギーという町はモンゴルにありながら住人のほとんどがカザフ人である。その例に漏れずベルックもカザフ人で、白い肌に赤いほっぺというかわいらしいルックスをしている。が、そんな見た目でおきながら腕も脚も筋肉でパンパンに膨れ上がり、座席は明らかに狭い。そして、筋肉が熱を発していて、ベルックの周囲50センチが異常に熱い。
ベルックが話していたのはモンゴル語ではなくカザフスタン語だった。モンゴル語も一切わからないが、当然カザフスタン語もわからないので「Google翻訳」を使ってやりとりをしていたのだが、終始、筋肉の話しかしない。そして、なぜか私のことを「兄さん」と呼ぶ。
「兄さん、筋肉をつけるにはどうすればいいですか?」
私は「鶏のささみを食え。モンゴルにはないと思うけど」と答えた。確かにベルックもモンゴルで鶏のささみは見たことがないという。そもそもベルックの実家は羊とヤギを育てているのだから、食べる機会もなかっただろう。窓の外を見ると、ちょうど草原で直立したマーモットがこちらを向いていた。日本で見ることはないので指さすとベルックはこう言う。
「兄さん、アレも食べたら筋肉はつきますか?」
筋肉の話が終わったと思えば、今度はチンギス・ハーンの話が永遠と続く。モンゴル帝国が統治していた頃の世界地図を私に見せ、「チンギス・ハーンは世界最強」というようなことを訴えている。その地図はゆがみを利用してだいぶモンゴル帝国を大きめに見せていたが、彼はとにかくチンギス・ハーンに憧れているのだ。
ウルギーに到着後、ベルックが通っているジムに案内された。そこにはムキムキのカザフ人たちが集結しており、チンギス・ハーンのポスターが張られた横でこめかみに血管を浮き上がらせながらダンベルを持ち上げていた。どうかしたら、「チンギス・ハーン!」と叫んでいたかもしれない。
ベルックだけではない。モンゴル人男の多くがチンギス・ハーンに憧れ、強い男を目指しているのだ。モンゴル人の力士がなぜあんなに強いのか、わかった気がした。
■國友公司(くにとも・こうじ) ルポライター。1992年生まれ。栃木県那須の温泉地で育つ。筑波大学芸術学群在学中からライターとして活動開始。近著「ルポ 歌舞伎町」(彩図社)がスマッシュヒット。