1985年から5年間、私は米国で生活した。その際の鮮烈な印象と経験から、米大統領と聞くとロナルド・レーガン氏がベンチマークとなって、他の大統領を判断する癖がついた。
「俳優上がりのタカ派」との冷笑に満ちたレッテル張りにもかかわらず、「思いやりのある保守主義」の下に導かれた米国は、まさに「丘の上の輝ける町」の如く自信に満ち堂々としていた。
予算に裏打ちされた圧倒的な軍事力、そして、マーガレット・サッチャー首相の英国、中曽根康弘首相の日本などと連携した外交。抑止を機能させて戦争を招くことなく冷戦に勝利し、ソ連の平和裡な解体を実現した。今も「史上最高の大統領」の一人として高く評価されている。
翻って、ドナルド・トランプ次期大統領、カマラ・ハリス副大統領。その器と視野の狭量にはがく然とせざるを得ない。だが、今に始まった話でもない。
「弱い米国」を世界に焼き付けたのがジョー・バイデン大統領だ。
2021年8月、バイデン氏の米国は、長年にわたって多大のリソースを投入してきたアフガニスタンから逃げるように退却した。そのありさまを見て、翌年2月にウクライナ侵略を決行したのがロシアのウラジーミル・プーチン大統領だった。
バイデン氏のさらなる過ちは、ウクライナに米兵投入の意図がないことをあからさまに認め、武器支援が後手に回り、抑止の機能低下を招いたことだ。
中東では、イスラエルのベンヤミン・ネタニエフ大統領との不仲は傍目にも明らか。地域での米国の最も親密な同盟国に対して、米国のコントロールが利かないことを露呈してしまった。
一連の展開を見て、誰が喜ぶのか? 中国の習近平国家主席であり、プーチン氏であり、北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)総書記なのだ。
そんな力学さえ頭に入らなかったのか?
ハリス氏は選挙戦中にフォックスニュースとのテレビインタビューで、米国にとっての戦略的脅威を問われて「イラン」とのみ応じる始末。
次期トランプ政権でも、ウクライナ戦争も中東戦争も、決着の仕方が不透明だ。日本にとってもっとも喫緊の課題たる台湾海峡情勢について抑止が効く保証はどこにもない。
米大統領に対して、台湾海峡の平和と安全確保の重要性を強く訴え、そのための抑止力、対処力の抜本的強化を促すべきは日本の首相の役目だ。なのに、今年4月、当時の岸田文雄首相は米国議会演説で、台湾の「た」の字も言えなかった。
トランプ会談たった5分 石破首相も不安
石破茂首相も先週末、大統領選に勝利したトランプ氏と5分しか話せないようでは心配が尽きない。
山上信(吾やまがみ・しんご) 外交評論家。1961年、東京都生まれ。東大法学部卒業後、84年に外務省入省。北米二課長、条約課長、在英日本大使館公使。国際法局審議官、総合外交政策局審議官、国際情報統括官、経済局長、駐オーストラリア大使などを歴任し、2023年末に退官。現在はTMI総合法律事務所特別顧問などを務めつつ、外交評論活動を展開中。著書に『南半球便り』(文藝春秋企画出版)、『中国「戦狼外交」と闘う』(文春新書)、『日本外交の劣化 再生への道』(文藝春秋)。