前駐オーストラリア大使、山上信吾氏緊急寄稿
臨時国会が28日、召集された。10月の衆院選後初の本格論戦の場で、新たな経済対策の裏付けとなる今年度の2024年度補正予算案に加え、「政治とカネ」の問題を受けた政治資金規正法の再改正が主な焦点とされる。ただ、わが国唯一の同盟国、米国に来年1月、「ドナルド・トランプ大統領」が復活するのを見据えて、石破茂政権の「外交能力」も問われそうだ。石破首相は先の南米訪問で「外交失態」を重ねたうえ、トランプ次期政権が「対中強硬路線」を明確にするなか、石破政権は「対中融和姿勢」を見せている。前駐オーストラリア大使で外交評論家の山上信吾氏が緊急寄稿した。
案じていたことが起きつつある。「石破外交」が迷走を始めたのだ。
米大統領選で圧勝したトランプ次期大統領と電話で話せたのはわずか5分。南米訪問に合わせた早期面談は、体よく断られた。
当然だ。トランプ氏から見れば、衆院選で惨敗した石破首相は、有権者から何らマンデート(権限)を与えられておらず、いつ辞めてもおかしくない。そんな相手に費やす時間と暇など、米国にはない。
加えて、石破首相が自民党総裁選の最中に打ち出した「アジア版NATO(北大西洋条約機構)の創設」や「日米地位協定の改定」といった外交・安保政策の目玉は、トランプ氏が何ら関心を示すことはない明後日の話題だ。「今そこにある危機」に対して、日本が十分な防衛費増額をして対応する決意があるのか? それこそ彼が問いたい課題だろう。
さらに、石破首相が、トランプ氏の盟友である安倍晋三元首相に後ろから鉄砲を撃ち続けた「政敵」という情報が上がっていないわけはなかろう。
米国に相手にされないのなら、まずは「他の同志国との関係を固める」という発想があっていいものだ。
ペルーで開かれたAPEC(アジア太平洋経済協力会議)首脳会議では、カナダのジャスティン・トルドー首相ら各国首脳が、自席に着いていた石破首相に次々にあいさつにきてくれた光景には救われた。
だが、そんな好意に、石破首相は座ったまま対応した。完全にアウトだ。
石破首相は新参者の一人である。着任順で決まるプロトコル(国際儀礼)序列上は最下位に近い。名だたる先輩首脳が気を使ってくれたのに、なぜ自分だけ座ったままでいられようか?
相手が自席にまであいさつに来てくれたのなら、立ち上がって礼を尽くすのが人の道。自民党の会合でも同じだろう。
もっと気がかりなのは、マルチ(多数国間)の国際会議が始まる前に、自席でスマホをいじり書類をのぞき込むだけで、他の出席者と交わろうとしない「引きこもり」の姿勢だ。
「拘束日本人の釈放」要求するべきだ 岩屋外相訪中調整前に
国際会議は、国益と国益がぶつかり合う真剣勝負。その前には、他国の出席者によしみを通じて情報・意見交換に努め、日本の立場への支持を頼んでおく、というのは基本だ。
石破首相は、防衛庁長官や防衛相時代に何度も国際会議に出ていたはずだ。「知らない」とは言わせない。
SNS上では、「なぜ外務官僚が『ご起立を』と進言しなかったのか」という過保護な指摘が散見されるが、そんな基本さえわきまえていない人物を首相に戴(いただ)いた不幸こそ嘆くべきだ。
こんな腰の引けた外交姿勢と対極のものとして不可解なのは、中国の習近平国家主席との会談の際、相手が片手しか差し出していないのに、石破首相は相手の手を包み込むように両手で握手した。
さもしいまでの醜態だ。旧知の相手との再会に感激して互いに両手を取り合うなら許せよう。だが、日本の領土を脅かし、領海・領空を侵犯し、複数の日本人を拘束し、児童を惨殺した中国の首脳だ。なぜ、地元の有権者に一票を媚びるかの如くすがりついたのか?
日本国民のみならず第三国も見ている。阿諛追従(あゆついしょう=相手に気に入られようと、媚びへつらうこと)に走った印象を決して与えてはならないのだ。
箸の使い方、握り飯のほおばり方にとどまらない、暗澹(あんたん)たる気持ちを抱いたのは私だけだろうか?
そんな「石破外交」を見て、中国は早速揺さぶりに来ている。
その最たるものが、日本との相互主義を求めていたにもかかわらず、一方的に「短期訪問者のビザ免除」に踏み切ったことだ。分かりやすいほどの合従連衡だ。
中国外交には、対米関係が悪化すると日本に秋波を送る傾向がある。1989年の天安門事件後、西側諸国がとった厳しい対中制裁措置を切り崩そうと、日本に熱心に働きかけ、天皇陛下訪中まで活用したことは記憶に新しい。
トランプ次期政権の厳しく予測不可能な外交に、中国は身構えている。わずか5分の電話会談を見て、日米同盟に楔を打ち込み、日本を取り込む好機と一気呵成(いっきかせい)に出てきたのは驚くにはあたらない。
問われるべきは日本の対応だ。
中国のビザ免除に対しては、「在留邦人の安全確保」と「拘束日本人の釈放」こそ要求するべきだろう。いわんや、米国にさえ足を運ぼうとしない岩屋毅外相は年内訪中を調整しているという。石破首相の訪中や、習氏訪日を念頭に置いているとすれば論外だ。
吏道(りどう=官僚として守るべき道)を歩み、辞表を胸に進言する外務官僚は一人もいないのだろうか?
山上信吾(やまがみ・しんご) 外交評論家。1961年、東京都生まれ。東大法学部卒業後、84年に外務省入省。北米二課長、条約課長、在英日本大使館公使。国際法局審議官、総合外交政策局審議官、国際情報統括官、経済局長、駐オーストラリア大使などを歴任し、2023年末に退官。現在はTMI総合法律事務所特別顧問などを務めつつ、外交評論活動を展開中。著書に『南半球便り』(文藝春秋企画出版)、『中国「戦狼外交」と闘う』(文春新書)、『日本外交の劣化 再生への道』(文藝春秋)、山岡鉄秀氏との共著に『歴史戦と外交戦』(ワニブックス)=写真。