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渡邉寧久の得するエンタメ見聞録 少年の足を引っ張る貧困と暴力のぬかるみ 舞台は韓国のとある地方の街 映画「このろくでもない世界で」

zakzak by夕刊フジ 2024年7月15日 10時0分

血なまぐさいシーン、暴力が匂い立つシーンが、最初から最後まで物語を通貫する。

キム・チャンフン監督が初めて手掛けた長編映画「このろくでもない世界で」(26日公開)。将来的に巨匠に育つことを期待され、作品は第76回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門に招待された。作品とともに監督の名は、一躍世界の映画界に刻み込まれた。

舞台は、韓国のとある地方の街。18歳の少年キム・ヨンギュ(ホン・サビン)は希望のない日々を送っていた。

ぬかるみがヨンギュの足を引っ張る。貧困と暴力がえたいの知れないどす黒いスープのように混雑したぬかるみだ。足を取られても必死にもがき、中華料理屋でデリバリーのバイトをしていたが、アルコール依存症の継父の暴力によって顔につけられた傷痕が客から嫌がられ、バイトも失ってしまう。

悪いときは、悪いときを連れてくる。地元の犯罪組織のリーダー、チゴン(ソン・ジョンギ)との偶然の出会い。チゴンに頼らざるを得ない八方ふさがりの状態。

生き抜くために手を染める、汚れ仕事。高利貸に組織的なバイク窃盗。犯罪組織に認められるため、ヨンギュならではの頑張りをみせる。頼りになったのはリーダーのチゴンだが、チゴンとヨンギュの関係性に嫉妬を感じるメンバーもいる。リーダーでさえ、その上には「ボス」と呼ぶコワモテがいて、命令には絶対服従。ヨンギュもヒエラルキーに組み込まれる。

暴力をまとった男たちが、むき身で相対する世界。生き抜くためには誰にも弱みを見せられない。身体的な傷、内面的な傷が痛いほどリアルで観客の胸を締め付ける。

人はどこまで暴力的になれるのか。暴力は誰にも内包されているのか。暴力的でしか生きられない人がいるということなのか。救いを求め身を沈めたはずの世界で、ヨンギュはやがて、増幅される憎悪と暴力の餌食になる…。

誰も笑わない。最後まで笑顔の歯を見ることがなく、映画は終わる。行き止まりのない無慈悲の連続で、ストーリー展開、暴力の描写、血なまぐさい演出、どれをとっても新人離れした作品。次回作が待ち遠しくなる監督がひとり、誕生した。 (演芸評論家・エンタメライター)

■渡邉寧久(わたなべ・ねいきゅう) 新聞記者、民放ウェブサイト芸能デスクを経て演芸評論家・エンタメライターに。文化庁芸術選奨、浅草芸能大賞などの選考委員を歴任。東京都台東区主催「江戸まちたいとう芸楽祭」(ビートたけし名誉顧問)の委員長を務める。

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