杉山大志氏が緊急寄稿
ドナルド・トランプ次期米大統領が打ち出す政策を、世界が注目している。特に、ジョー・バイデン政権が進めてきた気候変動対策やエネルギー政策を、トランプ氏は「グリーン詐欺」などと痛烈に批判し、「パリ協定離脱」や「化石燃料の増産」「電気自動車(EV)の販売促進政策の廃止」を主張している。日本は現在、「2050年CO2(二酸化炭素)実質排出量ゼロ」など、バイデン政権に歩調を合わせた「脱炭素」を進めているが、対応を迫られるのは必至だ。衆院選で「国民の信任」を得られなかった石破茂首相に、大胆な政策転換ができるのか。エネルギー政策に詳しいキヤノングローバル戦略研究所研究主幹、杉山大志氏が緊急寄稿した。
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世界は大きく動き、「気候変動バブル」は崩壊に向かっている。
だが、日本のエネルギー政策は相変わらず、「2050年CO2ゼロ」を目指すという「グリーントランスフォーメーション(GX)」に邁進(まいしん)している。このままでは、日本経済は沈没する。
米国では、トランプ大統領が復活する。共和党は上院に続いて、下院でも過半数を制した。
共和党のエネルギー政策は明確だ。バイデン氏が進めたグリーンディール(『脱炭素』のこと)をことごとく廃し、「エネルギー・ドミナンス(優勢)」を確立する。
すなわち、石油、天然ガス、石炭などの化石燃料は大量に採掘し、豊富で安価なエネルギー供給で、経済を発展させ、安全保障も確保して、敵を圧倒する。
パリ気候協定については、トランプ大統領は就任初日に離脱を宣言する。これはすでに行き詰まっている同協定への大打撃となる。
G7(先進7カ国)は、できるはずのない「2050年CO2ゼロ」という目標を掲げ、グローバルサウス(新興国・途上国)にもそれを押し付けようと躍起だった。だが、グローバルサウスはそんなお説教に反感を高めていて、従うつもりは毛頭ない。
このことは、ロシアで10月に開催されたBRICS(ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ)首脳会議の「カザン宣言」を読めば明らかだ。BRICSは「脱ドル化」を進め、イスラエルの軍事侵攻を非難して、G7との対決を強めているが、「脱炭素」も、それに次ぐ重要な対立軸となった。
そして、世界情勢の緊迫により、気候変動問題自体がもはやオワコンになる。
日本はパリ協定から離脱すべきだ
ロシアは、石油と天然ガスを採掘して輸出することで経済を維持し、軍事費を賄っている。CO2削減のためといって、それを止めるはずがない。中国もインドも、ロシアから大量に石油を買っている。G7が説教しても止めるはずがない。
すべての国が高いコストを受け入れ、国際協調してCO2を大幅に削減する、などというシナリオは、もともと妄想に過ぎなかったのだ。
世界を見渡せば、「CO2ゼロ」を本気で実現しようとしている国などごくわずかで、日本、ドイツ、英国ぐらいだ。この3カ国とも、産業は空洞化し、経済は衰退している。
「原子力も石炭も禁止する」という無謀なエネルギー政策を続けてきたドイツは経済が疲弊し、打開策の一環として「再エネ補助金の撤廃」などを求めた自由党が離脱して、ついに連立政権が崩壊した。3月には総選挙が行われる見込みとなった。すでに人気が地に落ちている緑の党は消滅の危機を迎える。ドイツの「脱炭素」には急ブレーキがかかる。
日本はどうか。
石破首相は、10月30日に開催されたGX推進会議で、年内にエネルギー基本計画を策定するよう指示した。菅義偉、岸田文雄政権に続いて「CO2ゼロ」に突き進むらしい。
これだけ世界情勢が大変動しているのに、2035年や40年のCO2削減目標を「野心的に」設定し、パリ協定に提出する構えのようだ。
だが、それではますます日本の産業は空洞化し、経済は崩壊する。完全な錯誤だ。
政府は無謀な数値目標設定を止め、来年2月が期限となっているCO2削減目標のパリ協定への提出は延期して、パリ協定から離脱すべきだ。日米が離脱すれば、パリ協定は事実上消滅する。
その後は、米国やグローバルサウス諸国と協調しつつ、安全保障と経済を重視する本来のエネルギー政策に戻ればよい。その一環として米国から石油やガスを買うことは、トランプ氏とのディール(取引)にもなるだろう。
■杉山大志(すぎやま・たいし) キヤノングローバル戦略研究所研究主幹。1969年、北海道生まれ。東京大学理学部物理学科卒、同大学院物理工学修士。電力中央研究所、国際応用システム解析研究所などを経て現職。IPCC(気候変動に関する政府間パネル)、産業構造審議会、省エネルギー基準部会、NEDO技術委員などのメンバーを務める。産経新聞「正論」欄執筆メンバー。著書・共著に『「脱炭素」は嘘だらけ』(産経新聞出版)、『亡国のエコ』(ワニブックス)、『SDGsエコバブルの終焉』(宝島社新書)など。