月刊『Hanada』で創刊以来続いている(前誌からだともう20年、200回を超えた)看板対談「蒟蒻問答」。
堤堯さん(元文藝春秋常務)と久保紘之さん(元産経新聞論説委員・特別編集委員)の豊富な知識と見識で「毎号、いちばんに読む」という読者も多い。
久保さんが大変な読書家、蔵書家で、その蔵書の処分に大汗を書いた話は前に書いたが(2022年12月21日)、久保さん、実は大変なオーディオマニアでもあり、所蔵しているCDも半端じゃない。
「聴く?」と聞かれて「エエ」と返事したら、昨年、段ボールで十数箱送ってくれた。
そう年中、聴いているわけじゃないから、もう一生、CDを買わなくてもいいくらいの数である。
休日、箱を整理していたら、中から1冊の本が。きっと久保さんが読んだ本なのだろう。
作家五味康祐さんの『いい音いい音楽』(読売新聞社1980年刊)。
10月に第1刷が出て、12月には第5刷とあるから、当時、よく読まれたようだ。
五味さんは軍隊で上官に殴られて片方の耳が難聴になったが、大変なオーディオマニアだった。
まだ売れていない貧乏時代。あてもなく神保町の古本屋街を歩いていると、ある店から、クラシックの音楽が聞こえる。ついフラフラと店に入り、そこで、後に新潮社の天皇と言われるようになった齋藤十一氏と出会い、新潮社で本の校正の仕事をするようになった――。
昭和28(1953)年『喪神』で芥川賞受賞。齋藤氏との縁で31年『週刊新潮』創刊から『柳生武芸帳』を連載。大好評を博し、柴田錬三郎さんの『眠狂四郎無頼控』とともに剣豪小説ブームを巻き起こした。
もう60年近く昔、ぼくが文藝春秋に入社、初めて配属されたのが『オール讀物』編集部で、五味さんも、ぼくが担当だった。
と言っても、ぼくは単なる原稿取りに伺っていただけ。テーマ選びなどの話は副編集長の池田吉之助さんがやっていてくれたのだが。
同じく担当させられた池波正太郎さんは原稿が早かったが、(たいてい締切り前に出来上がっていた)、五味さんは遅筆も遅筆、締切り近くになると、大泉の五味邸に泊まり込みだった。
時折、2階の書斎から五味さんが階段を駆け降りてくる。
「書けへん!」
そう言いながら頭をかきむしり、やおら、オーディオを聴き始める。応接室には何台ものステレオが並んでいた。
「ハナダクン、どれがいい?」
タンノイがいいとか、テレフンケンだとか、音楽に無知なぼくには一向、わからない。
適当に答えていると、すぐに見破られて、
「キミは音がわからんのォ」
そんなこんなを思い出しながら、『いい音いい音楽』を拾い読みしていたらあっという間に時間が過ぎてしまった。
<一時、やたらとブルックナーのレコードが発売され(中略)ちょっとしたブルックナーブームだった。なぜそうなのか? アントン・ブルックナーの交響曲は、たしかにいい音楽である。しかし、どうにも長過ぎる。酒でいえば、まことに芳醇であるが、量の多さが水増しされた感じに似ている。
それなのになぜ次々とレコードが発売されるのか。ブームでベートーヴェンやモーツァルトなどの名曲は相次いで発売され、レコード会社は<新分野を開拓せねば営業が成り立たず(中略)ついにブルックナーに手を出した。出さざるを得なかった、と私は思う>
後は今月号校了後の楽しみにとっておこう。