カザフスタンに程近いモンゴル西部の都市ウルギーでホームステイをすることになった。夏の間、ステイ客は庭にあるゲル(円形の移動住居)に泊まるようだが、まだ寒い時期は空いた部屋を貸してもらえるようだ。
その家に住んでいるのは2人の老婆と8歳の女の子と、彼女たちを養っているオマカという名の20代の青年だった。トラックドライバーだったオマカの父は数年前に事故で亡くなり、母親は病気で入院している。家に住んでいる3人の女性は親戚とのことだった。
オマカはウルギー市内で子供たちに英語を教えながら、自宅を旅行者に貸し、ツアーの手配も行っていた。そんな彼の勧めで、アルタイ山脈の奥地に住む「トゥバ人」という少数民族が暮らす集落へ行くことになった。
ツアーと言ってもよくあるパッケージものとはまるで違う。早朝、私を迎えにオマカの自宅へやってきたのは、モンゴル語とカザフ語しか話せないムシンというカザフ人の男だった。これからムシンの運転で約8時間かけ、山奥の集落へと向かう。そこに住むトゥバ人の家に1泊し、翌日また車でウルギーへ戻ってくる旅程だ。
インターネットがかろうじて通じるうちに「Google翻訳」で聞いた内容によると、ムシンは40代半ば。妻と2歳と4歳になる2人の子供とウルギー市内に住み、ツアーのドライバー業で家族を養っているという。行き先はアルタイ山脈の各地。どれも1泊または2泊の旅程なので、家族と一緒にいられる時間は短いそうだ。
出発から約2時間。小さな町の個人商店で買い出しをするという。これから先、町は1つもない。私はパンと水とチョコレートを買ったのだが、ムシンは2リットル入りのボトルに入ったビールを2本も抱えている。
「クニ(筆者のこと)、ビール飲むか?」
カザフ語でも、これくらいであれば何となく言っていることはわかるので、今夜のために買ってもらうことにした。だが、ムシンは運転中のドリンクとして買ったつもりだったようで、何事もなかったかのようにハンドルを握りながらビールをラッパ飲みしている。
「おい、ビールなんか飲んで大丈夫なのか?」
私はムシンの肩をゆすったが、どうやら彼はアル中のようだった。アルコールが切れてくるとあからさまに落ち着きがなくなり、手が震え始める。そもそも車を運転してはいけない人だが、逆にアルコールを入れた方が安全なのだ。
出発から4時間たつと、草原を抜け、山岳地帯に入った。かろうじてわだちが残っているが、道なき岩の上を横転しそうになりながら走っていく。目の前に川が立ちはだかった。車で水の中を突入するしかないのだが、エンジンまで水が浸水し、車がうんともすんとも言わなくなった。隣にいるムシンを見ると、顔が真っ赤で口の端には泡がたまり始めていた。生きて帰れるだろうか。
■國友公司(くにとも・こうじ) ルポライター。1992年生まれ。栃木県那須の温泉地で育つ。筑波大学芸術学群在学中からライターとして活動開始。近著「ルポ 歌舞伎町」(彩図社)がスマッシュヒット。