絶品必食編
近年は、〝一人焼き肉〟もずいぶん一般的になった。牛丼専門店ののれんを女性の一人客も臆せずくぐり、一人焼き肉も珍しくなく、一人鍋専門店も増えていて、近年ではそのスタイルも細分化されてきている。
東京・赤坂や新宿に展開している「ひとりしゃぶしゃぶ 七代目 松五郎」。カウンターの各席に1口ずつIHコンロが配置された、一人鍋スタイルのしゃぶしゃぶ専門店だ(と言いつつ、すき焼きもオンメニューしていたりもする)。
牛豚合わせて200グラムのセットで1380円というリーズナブルなメニューもあるが、なんと言ってもこの店の真骨頂は肉の種類やサイズが選べること。
肉はSが50グラム、Mが120グラム、L180グラムという3段階。さらに選べる肉の種類が実に豊富だ。「熟成黒毛和牛ロース/上ロース/特上ロース」などの高級部位も押さえているが、国産牛のカルビなど食べやすい部位も揃えている。
個人的に好感度が高かった肉が「熟成黒毛和牛ネック」。もともとネックという部位はスネなどと同様に挽き肉にされたり、煮込まれたりする部位だ。
しかしこの店ではしゃぶしゃぶの具材として単品で提供している。しかもメニュー内でも目立つポジションを取っている〝推しメニュー〟となっている。慧眼である。
ネックやスネはロースなどに比べると硬い食感になる部位だ。だからこそ挽き肉や煮込みに使われるが、肉質が軟らかな黒毛和牛なら薄く切る、加熱を工夫するなどすれば、心地いい噛み応えとともに濃厚な味わいが口内に広がる。
仕入れ値もお値打ちなのだろうが、食べる側としてはリーズナブルで旨いなら、これ以上ない僥倖(ぎょうこう)と言っていい。
もちろんやわらかな黒毛のロース、豚肉もロースやバラに肩ロースなど抜かりなし。大山鶏の胸肉も用意されている。
極薄にスライスされた肉をふつふつと沸く湯に泳がせ、それぞれの噛み応えと味わいを楽しむ時間のぜいたくなこと。
野菜セットもS150グラム、M250グラム、L350グラムから、炭水化物もライス、麺、春雨から選ぶことができる。
この選べる楽しみは、〝A5黒毛和牛専門店〟にはない愉悦だ。
■松浦達也(まつうら・たつや) 編集者/ライター。レシピから外食まで肉事情に詳しい。新著「教養としての『焼肉』大全」(扶桑社刊)発売中。「東京最高のレストラン」(ぴあ刊)審査員。