横浜のドヤ街・寿町にあるドヤに住み始めて2カ月近くがたった。ドヤの1階には帳場と呼ばれるフロントとコインランドリーとコインシャワーがあり、そのほかが客室となっている。部屋は3~4畳の狭いもので、トイレと洗面はなく、共用のものが各フロアに設置されている。
ほかの設備といえば、外階段に置かれた灰皿くらいのものだ。ドヤは簡易宿所と呼ばれる「宿」の一種であるが、ホテルのロビーといったような利用者が団欒(だんらん)するような場所がない。そのため、ほかの住人との交流といったものはほとんどなく、隣にどんな人が住んでいるかもわからない状況が続いていた。
そんなとき、なんとなく物件検索サイトで契約していたドヤの隣にあるマンションを見てみると、なんと家賃がドヤより安いことに気がついた。トイレと風呂がないドヤが月5万2000円(別途光熱費2000円)するのに対し、トイレと風呂が部屋についているマンションが月3万2000円(同5000円)しかしないのだ。
なぜか。それは生活保護の制度を掘り下げてみてみるとわかる。
まず、生活保護という制度は家賃に対して支給される「住宅扶助」と、生活費に対して支給される「生活扶助」の2つに分けられている。また、生活保護は地域ごとに等級で分かれており、その区分によって支給額の上限が変動する。
寿町がある横浜市の場合、住宅扶助の上限額は月5万2000円。一方、生活扶助の上限は7万6310円となる。ここで重要なのは、例えば家賃が3万円の安アパートに住んで節約をしたからといって、上限額との差額である2万2000円が手元に入ってくるわけではないということだ。
加えて、節約した分、生活扶助の額が増えるわけでもない。つまり、生活保護を受けている人は住宅扶助の上限を下回る物件に住むメリットがないのである。
それをドヤ側の視点から考えてみる。まず、現在ドヤに住んでいる人のほぼ全員が生活保護を受けている。すると、月の家賃を5万2000円以下に設定したところで、ドヤも住人も何の得もない。ただ、横浜市の財政への負担が減るだけだ。そのため、ほぼすべてのドヤが住宅扶助の上限額である5万2000円いっぱいに家賃を設定し、そこに光熱費としていくらか上乗せしている。
そんな事情によって、「人が住めるような代物ではない」と揶揄されたことで「宿」を逆から読んで「ドヤ」と呼ばれるようになった住居の相場が、周囲のマンションの相場を上回るという現象が起きているのだ。人によってはモヤモヤを感じるかもしれない。ただ、ドヤというのはボランティアではなくビジネスである。ドヤのオーナーたちは経営者として当たり前の選択をしているにすぎない。
■國友公司(くにとも・こうじ) ルポライター。1992年生まれ。栃木県那須の温泉地で育つ。筑波大学芸術学群在学中からライターとして活動開始。近著「ルポ 歌舞伎町」(彩図社)がスマッシュヒット。